57歳、30歳で買った別府の別荘。8年前から、誰も行っていない。

登場人物

康弘(やすひろ)、57歳。福岡県福岡市在住の会社員。30歳のとき、大分県別府市の山の中腹に小さな別荘を買った。当時は毎年夏に家族で通い、湯煙の立ち上る街を見下ろしながら温泉に浸かっていた。子どもが大きくなってから足が遠のき、最後に行ったのが8年前。毎年、管理費・固定資産税・草刈り費用が口座から出ていく。「負動産」という言葉を、最近知った。

固定資産税の通知が、今年も届いた。

封筒を開けて、金額を確認して、引き出しにしまう。毎年同じ動作を、もう27年間繰り返している。

別府の別荘。ずっとそこにある。でも、誰も行っていない。

30歳で買った、別府の小さな別荘

買ったのは30歳のときだった。バブルが終わってまだそんなに経っていない時期で、地方の別荘はまだ手が届く値段だった。福岡から車で2時間半、別府の街を見下ろす山の中腹に、木造2階建ての小さな別荘が売りに出ていた。

下見に行った日のことを、康弘は今でも覚えている。

坂道を登っていくと、目の前が開けた。山の斜面に広がる別府の街。その街全体から、湯煙が立ち上っていた。白い柱のような湯煙があちこちから空へ昇って、風に流されて、そのまた向こうで別の湯煙と混ざっていった。街の下には別府湾が広がり、水面が午後の光を受けて銀色に輝いていた。

「ここにしよう」と、その場で決めた。妻も反対しなかった。

家族で通った、湯煙の夏

子どもが小さいうちは、毎年夏に家族で通った。

金曜の夜に福岡を出て、高速を走って別府に着くと、もう山の空気が違った。標高のある場所だから、夏でも朝晩は涼しい。窓を開けると、遠くから硫黄の匂いが運ばれてくる。最初のうちは独特に感じたその匂いも、数日いると体に馴染んだ。

朝起きて、窓を開けると、街から立ち上る湯煙が見えた。鉄輪(かんなわ)温泉のあたりは特に湯煙が濃くて、街の一角だけ雲の中にあるようだった。子どもたちは「すごいね」と言いながら、しばらくそれを眺めていた。

昼は街に下りて、地獄めぐりをした。竹瓦温泉のレトロな建物の前で家族写真を撮った。側溝にまで温泉が流れる街路を、子どもが面白がって飛び跳ねて歩いた。夕方は別荘に戻って、内湯に浸かった。窓の外で、別府の街がゆっくりと夜の色に沈んでいった。

そういう夏が、15年ほど続いた。

気がついたら、誰も行かなくなっていた

子どもが中学、高校と大きくなってくると、家族の予定が合わなくなった。部活、塾、友達との予定。「今年はいい」と子どもが言うようになり、「じゃあ夫婦だけで」と最初のうちは行っていたが、仕事も忙しくなってきて、夏の一番いい時期に別府まで走る体力が、少しずつなくなってきた。

最後に行ったのは、8年前の夏だった。妻と二人で短い滞在をして、帰り際、康弘は玄関の鍵を回しながら「また来年」と言った。来年は、来なかった。

それでも、別荘は売らなかった。売るという判断ができないまま、固定資産税と管理費と、年に2回の草刈り費用が出ていく状態が、8年間続いた。試算してみると、この8年間で100万円以上が、使っていない別荘のために消えていた。

「負動産」という言葉を、最近ネットで見た。使われないまま維持費だけがかかる不動産。自分のことだ、と思った。

売るのではなく、誰かに使ってもらう

売ろうと思って、不動産会社に相談したことはあった。でも、山の中の別荘は買い手がつきにくいと言われた。値段を下げれば売れるかもしれないが、30歳のときに無理をして買ったあの別荘を、そんな値段で手放すのは、どうしても抵抗があった。

ある夜、スマホで「別荘 使ってない 活用」と検索した。

「民泊」「貸別荘」という言葉が目に入った。使っていない期間だけ、旅行者に貸し出すという選択肢があると、初めて知った。売るのでも、朽ちさせるのでもなく、別の誰かに使ってもらう。そういう中間の道があることを、27年間考えたことがなかった。

さらに調べていくと、空き家や別荘の活用を専門にしている会社があることを知った。民泊、レンタルスペース、貸別荘。立地や物件の条件に合わせて、最適な活用方法を提案してくれる。運営のサポートもしてくれる。査定は無料だった。

康弘は、問い合わせフォームを開いた。

康弘が問い合わせたのは、ここだった

※空き家・別荘の活用を多彩なプランで提案

別府の湯煙の街に、再び明かりが灯る

担当者との打ち合わせの後、別荘は貸別荘として客付けが始まった。

最初の宿泊者は、台湾から来た家族だったと報告が届いた。別府の温泉を目当てに来日して、湯煙の見える高台の別荘で数日を過ごしていったという。次は国内からの夫婦。その次は韓国からの若いグループ。康弘の別荘は、8年間閉まっていた雨戸を開けて、世界中の人を迎える場所になった。

手続きから3ヶ月後、康弘は久しぶりに別府へ行った。自分の別荘の空室期間を確認しに、高速を走った。福岡から別府へ向かう道は、8年前と何も変わっていなかった。別府の街が見えてきたとき、あの日と同じように、無数の湯煙が街から空へ昇っていた。

別荘に着いて、玄関を開けた。懐かしい木の匂いと、温泉地特有のかすかな硫黄の匂いが、一度に鼻に届いた。8年前と同じ匂いだった。

窓を開けて、別府の街を見下ろした。湯煙が、今日も街から空へ昇っていた。その景色を、最近ここに泊まった誰かも、同じ窓から見ていたのだと思うと、別荘がまた呼吸を始めたような気がした。

もしあなたも、使われていない物件を抱えているなら

バブルの頃に買った別荘。親から相続した田舎の家。地方に持っているアパート。売るほどではない、でも使っていない。維持費だけが毎年出ていく。

そんな物件に、売る以外の選択肢がある。民泊や貸別荘として貸し出せば、使われていなかった空間が、誰かの旅の記憶になる。あなたの思い入れを、そのまま残したまま。

使われていない別荘が、また誰かの大切な時間を迎える

※民泊・貸別荘・レンタルスペースなど多彩な活用法

帰りの高速道路、ミラーの中で別府の湯煙が遠ざかっていった。

30歳のとき、あの湯煙に惹かれてあの別荘を買った。57歳の今、あの湯煙がまた、康弘と別荘をつないでくれている。

負動産ではなくなった。ただの、少しだけ遠くにある、もう一つの家に戻った。