54歳、「墓石 一括見積もり」と検索した。母が毎朝供えていた白い菊を、今度は自分が供えたかった。

花のない仏壇

登場人物

康介(こうすけ)、54歳。群馬県安中市松井田町出身、埼玉県所沢市在住。電機メーカーの品質管理部。妻の陽子(52歳)と二人暮らし。娘の美咲(26歳)は千葉で一人暮らし。30年前に父(享年62)を亡くし、去年の冬に母(享年83)を亡くした。

母が亡くなって、仏壇の花瓶が空になった。

それまでは毎朝、母が花を替えていた。白い菊が多かった。たまに季節の花を混ぜて、「お父さん、今日はちょっと華やかにしたからね」と話しかけていた。花びらが少し萎れると、母はすぐに新しいものに替えた。「枯れた花をお父さんに見せるわけにはいかないでしょう」と、誰に言うでもなく呟きながら。

康介が帰省してリビングに降りると、線香の香りと花の匂いがした。それが松井田の実家の朝だった。台所から味噌汁の湯気が立ち上り、母が「お父さんにも報告しておいたからね、康介が来てるって」と笑っていた。

康介は年に三、四回しか帰省できなかったが、帰るたびに仏壇の花は新しかった。母の暮らしは質素だったけれど、花だけは絶やさなかった。スーパーの帰りに花屋に寄るのが、母の日課だった。

母が逝った日の翌朝、康介は実家のリビングに立った。線香の匂いだけがした。花瓶は空だった。台所は静かで、湯気はなかった。冷蔵庫の上に、花屋のポイントカードが置いてあった。あと二つで一杯になるところだった。

あの朝から、もう一年が経とうとしている。

妙義山が見える町で

松井田の実家は、窓から妙義山が見えた。ごつごつとした岩肌がむき出しの、荒々しい山だった。

父はその山が好きだった。「あの山はな、格好つけてないから好きなんだ」と、縁側で缶ビールを飲みながら言っていた。日曜日の夕方、西日が妙義山の岩肌を赤く染める時間が、父の一番好きな時間だった。康介と母は、その横で黙って同じ山を見ていた。蜩の声が遠くから聞こえて、父がビールを一口飲む音がした。あの縁側の空気を、康介はよく覚えている。

父が亡くなったのは30年前。康介が24歳の時だった。心筋梗塞で、62歳。朝、縁側に座ったまま動かなくなっていた。缶ビールが一本、手の横に置いてあった。まだ開けていなかった。妙義山は、その朝もいつもと同じ形をしていた。

母はその年のうちに墓を建てた。地元の石材店に頼んで、決して高い石ではなかったけれど、母は毎週欠かさず墓に通った。花を供え、墓石を拭き、「お父さん、康介が出張で忙しいらしいよ」と話しかけた。雨の日も、雪の日も、母は通い続けた。康介が「タクシーで行けばいいのに」と言っても、母は「歩いた方がお父さんに会える気がするの」と笑った。墓地までは実家から歩いて十五分ほど。母にとっては、父に会いに行く散歩道だったのだと思う。

30年。母はひとりで墓を守り続けた。

傾いた墓石

母の四十九日が過ぎた頃、康介は久しぶりに父の墓に行った。所沢の自宅から車で二時間。関越道を降りて松井田に入ると、妙義山が正面に見えた。あの頃と同じ形をしていた。

墓石の表面にうっすら苔が広がっていた。刻まれた文字は角が丸くなり、雨染みが筋のように走っていた。よく見ると、台座がわずかに傾いている。花立ての中に枯れた茎が一本残っていた。母が最後に供えた花の名残だった。

30年。風雨に晒され続けた墓石は、確実に老いていた。

ここに母の名前を刻まなければならない。康介は墓石に手を置いた。冷たかった。母がいつも拭いていた石だ。毎週、毎週、丁寧に拭いていた。雑巾を二枚持って、一枚で水拭き、もう一枚で乾拭き。「お父さんの家だからね、きれいにしないと」と言いながら。この石に触れるたび、母は父と話していたのだと思う。

このままでいいのだろうか。30年間母が守り続けた墓に、母の名前を刻む。それならせめて、母が誇れるような墓にしてやりたい。

帰りの車の中で、康介はずっと考えていた。母の名前をこの傷んだ墓石に刻むのか。それとも、新しい墓石にするのか。父と母が、この先何十年も一緒にいられる墓石にしたい。でも、石材店の相場がまったくわからなかった。知り合いに石材店はいない。どこに頼めばいいのか、見当もつかなかった。

自宅のテーブルで

その夜、所沢の自宅のテーブルでスマホを開いた。陽子はキッチンで洗い物をしていた。食器が触れ合う音が、静かなリビングに響いていた。

「墓石 一括見積もり」と検索した。

何軒も石材店を回る時間はなかった。品質管理の仕事は忙しく、休日に松井田と所沢を往復するだけで一日が終わる。一軒ずつ電話して見積もりを取るのは気が遠くなった。そもそも墓石の相場も、石の種類の違いも、康介にはまったくわからなかった。

いくつかのページを見るうちに、全国の石材店から無料で一括見積もりができるサービスに辿り着いた。複数の優良石材店の価格をまとめて比較できるらしい。地域と墓地の情報を入力すれば、近くの石材店から連絡が届く。入力は数分で終わった。

御影石にしよう、と思った。調べると、御影石は花崗岩の一種で、硬く、風化に強い。半永久的に持つと書いてあった。父と母が、ずっと一緒にいられるように。30年ではなく、百年持つ石にしたかった。

隣で陽子が「決まった?」と聞いた。康介はうなずいた。陽子は「お義母さん、喜ぶわね」と小さく笑った。

\ 複数の石材店をまとめて比較 /

※全国対応・約2分で完了

もしあなたも、ご両親のお墓のことで悩んでいるなら

親が元気なうちは気にならなかった墓石の傷みや傾き。でも、いざ自分が引き継ぐとなると、何から手をつけていいかわからない。石材店に心当たりもない。

複数の石材店から無料で一括見積もりを取れるサービスがあります。自宅にいながら比較して、納得のいく石材店を選ぶことができます。

\ 複数の石材店をまとめて比較 /

※全国対応・約2分で完了

白い菊

見積もりを依頼してから二週間ほどで、三社から連絡が届いた。価格も石の種類も丁寧に説明してくれた。

康介は陽子と相談し、一番丁寧に話を聞いてくれた地元の石材店に決めた。御影石の墓石。父と母の名前が並んで刻まれる。「これなら百年は持ちますよ」と石材店の人が言った。百年。康介の孫の代まで持つ計算だった。母が30年守った墓を、今度は御影石が百年守る。

墓が完成した日は、春の始まりだった。松井田の空は高く澄んでいて、妙義山の岩肌に朝日が当たって、淡い橙色に染まっていた。父が好きだった景色だった。風はまだ冷たかったけれど、日差しにはかすかに春の気配があった。

康介は花屋に寄った。白い菊を三本選んだ。母がいつも買っていたのと同じ花だ。

新しい墓石の前にしゃがみ、花立てに菊を一本ずつ挿した。真っ白な花が、御影石の黒に映えた。

手を合わせた。何を言えばいいのかわからなかった。ただ、「二人一緒にいられるようにしたからね」とだけ、心の中で呟いた。

風が吹いて、菊の花が小さく揺れた。