55歳、結婚したことがない。30年前、「3年後に迎えに行く」と言ったまま、連絡を途切れさせた。

登場人物

誠一(せいいち)、55歳。静岡県浜松市在住。市内の楽器メーカーで30年以上、ピアノの響板に使う木材を選ぶ仕事をしている。一度も結婚したことがない。24歳のとき、大学の研究室で一緒だった和子と2年付き合っていた。就職で離れるとき「3年後に迎えに行く」と約束したのに、仕事に追われて連絡を途切れさせた。気がついたら和子は別の人と結婚していた。あれから30年が過ぎた。

月に一度、誰もいない試奏室で、ピアノの蓋を開ける。

工場の片隅にあるその部屋は、防音の扉を閉めると外の音が消える。蛍光灯の光が少し黄色くて、鍵盤の白が少しだけ黄色く見える。誠一はグランドピアノの前に座って、椅子の高さを調整する。響板はスプルースという北方の木で、誠一が選んだ木だった。何百枚もの板を指で撫でて、木目の細かさと、叩いた時の音の伸びで選ぶ。30年やってきた仕事だった。

鍵盤に指を置いた。ショパンの「別れの曲」。24歳のときに練習した曲だった。

24歳のとき、和子という女性がいた

大学院の材料工学の研究室で、和子は同じ学年だった。木材の強度を研究していた誠一と、高分子を研究していた和子。分野は違ったが、夜遅くまで研究室に残るタイプだった二人は、自動販売機の前で顔を合わせることが多かった。誠一が缶コーヒーを、和子が紅茶のペットボトルを買う。それだけの挨拶が、いつの間にか研究室の帰り道を一緒に歩くようになった。

2年付き合った。誠一の下宿に、和子が小さな鉢植えのハーブを持ってきてくれた。バジルとローズマリーとミント。「あなた、料理しないでしょ。でも、触ったら香るから、元気が出るから」と言って、窓辺に並べて帰っていった。誠一はそれから、毎朝その葉を一枚ずつ指でこすって香りを嗅いだ。

誠一は和子のために、ピアノを練習した。学部時代にサークルで少し弾いたことがあるだけだった。「別れの曲、弾けるようになりたい」と和子が言ったから、大学の音楽室を借りて、半年かけて練習した。24歳の冬、研究室のクリスマス会で、みんなの前で弾いた。和子は一番前で聴いていて、最後まで目を逸らさなかった。

「3年後に迎えに行く」と言った

修士を出て、誠一は浜松の楽器メーカーに就職した。和子は東京の研究所に決まった。卒業式の夜、東京駅の新幹線のホームで、誠一は和子に言った。「3年後に迎えに行く。それまで仕事を頑張らせてほしい」。和子は笑って、「待ってる」と言った。ホームの時計が22時を指していた。風が冷たくて、和子のコートの襟が揺れていた。

最初の1年は、毎月手紙を書いた。浜松の工場のこと、響板用の木材のこと、先輩に怒られた話。和子からも返事が来た。研究所で新しい実験が始まったこと、同僚との雑談、読んでいる本のこと。

2年目、誠一はプロジェクトのリーダーを任された。休日出勤が増えた。手紙を書く時間が減った。和子からの手紙に返事を書こうと机に座っても、疲れて眠ってしまう夜があった。3ヶ月、返事を出せない時期があった。

ようやく書いた手紙への返事は、来なかった。

忙しさを言い訳にして、追いかけなかった。仕事が落ち着いたら、と思っているうちに、5年が過ぎた。大学時代の友人から、和子が結婚したと聞いた。電話口で「そうか」とだけ言って、電話を切った。下宿の窓辺のハーブの鉢はとっくに枯れていた。誠一は、泣かなかった。泣く資格がないと思った。

それから30年、ピアノの響板を選び続けた

30年、誠一は響板を選び続けた。アラスカやカナダから届くスプルースの板を、工場の倉庫で一枚ずつ撫でる。木目の密度、節の位置、叩いた時の音。音を伸ばすための木の選び方を、体で覚えた。誠一が選んだ木で作られたピアノが、世界中のコンサートホールで鳴っている。

結婚はしなかった。しようと思えば機会はあったかもしれない。でも、誰かと付き合い始めるたびに、和子のことを思い出した。自分には誰かを幸せにする資格がない、と思い込んでいた。30代、40代と時間が過ぎていった。気がついたら50代になっていた。独身で、浜松のマンションに一人で暮らして、月に一度、試奏室でピアノを弾く。それが誠一の30年だった。

55歳の春、会社の健康診断で胃の影が見つかった。結果的には何でもなかった。良性のポリープだった。でも、検査結果を待つ2週間、誠一は考えた。もし本当に病気だったら、誰が自分の葬式に来るのだろう。会社の同僚。姪。それだけだった。

そして、もう一つ考えた。自分は30年間、誰かを本気で愛することを自分に禁じてきた。和子への後悔を、そのまま独身の理由にしてきた。でも、それは逃げていただけではないか。和子はもう、自分の人生を歩いている。自分もそろそろ、自分の人生を歩いていい頃ではないか。

「50代 独身 結婚相談所 オンライン」と検索した

検査結果が出た夜、誠一はスマホで検索した。「50代 独身 結婚相談所 オンライン」。結婚相談所は敷居が高い気がした。入会金が何十万もかかる大手の相談所は、55歳の初婚の自分には場違いな気がした。マッチングアプリは何度か調べたが、身元がわからない相手とメッセージをやり取りするのがどうしても怖かった。

画面をスクロールしていて、ある相談所に目が止まった。月額5,980円のサブスク型で、オンラインで完結する。独身証明書の提出が100%必須で、全員が身元を明かしている。カウンセラーからの指導はなく、自分のペースで進められる。会員は約62,000名。1年以内に成婚している人が半数近くいた。

「アプリほど軽すぎず、相談所ほど厳しすぎず」というフレーズが、誠一の胸に残った。55歳の自分が踏み出すには、ちょうどいい場所に思えた。強い指導はいらない。でも、相手が本気で結婚を考えている人だという保証は欲しかった。

申し込みボタンを押す前に、もう一度だけ、試奏室に行った。誰もいない部屋で、ピアノの前に座った。別れの曲を一度だけ弾いた。和子に聴かせたあの曲を。弾き終わったとき、鍵盤の白が少しだけ涙で滲んだ。30年ぶりに、自分のために泣いた。

部屋を出て、マンションに帰って、スマホを開いた。会員登録のフォームに、自分の名前を入れた。「55歳・初婚希望」と書くとき、指が少しだけ震えた。でも、書けた。

誠一が会員登録をしたのは、ここだった

※月5,980円。独身証明書の提出100%

プロフィールに「趣味:ピアノ」と書いた

独身証明書は市役所で取った。窓口の職員に「50代の方もよく取りに来られますよ」と言われた。本人確認書類、収入証明書、大学の卒業証明書。必要な書類を揃えて、アップロードした。写真は会社の近くの写真館で撮った。紺のジャケットを着て、少しだけ笑った。30年ぶりに誰かに見せるための写真だった。

プロフィールの趣味欄に、何を書こうか迷った。「ピアノ」と書いていいのだろうか。30年間、誰にも聴かせずに弾いてきたピアノ。でも、誠一は書いた。「趣味:ピアノ。月に一度、職場の試奏室で弾きます。ショパンが好きです」。

登録から2週間後、初めてお見合いの申し込みが入った。相手は53歳の女性。東京に住んでいて、音大を出たあと中学校の音楽の先生を長く務めていた人だった。プロフィールに「ショパンの即興曲が好きです」と書いてあった。

オンラインでのお見合いが決まった日、誠一はスーツをクローゼットから出した。クリーニング済みで、ビニールに包まれたままのスーツだった。何年前に買ったのか、覚えていない。

もしあなたも、長く独身を続けてきたなら

若い頃に誰かと別れた。あるいは、誰かを諦めた。その後悔を抱えたまま、仕事に打ち込んで30年が経った。結婚したい気持ちがないわけじゃない。でも、50代の今から何を始めればいいのかわからない。結婚相談所の門を叩く勇気もない。マッチングアプリは信じられない。

もう一度、誰かのことを考える時間を持っていい。誰かに「いってらっしゃい」と言い、「おかえり」と言われる生活を、想像していい。50代からの一歩は、若い頃のような勢いではなく、静かな決意で踏み出せる。

もう一度、誰かのために鍵盤に触れる

※オンライン完結。自分のペースで進められる

お見合いの日、オンラインで繋がった画面の向こうに、その人がいた。白いブラウスを着て、少しだけ緊張した顔をしていた。誠一も緊張していた。30年ぶりに、誰かと向き合って話す準備をしていた。

話し始めて5分で、音楽の話になった。その人は、生徒に「別れの曲」を教えるのが難しいと言った。誠一は、24歳のときに練習したことがあると話した。「なぜその曲を?」と聞かれた。誠一は少しだけ迷って、でも正直に言った。「好きだった人に、聴かせたかったからです」。

その人は笑った。「素敵ですね」と言った。笑われていないことが、不思議だった。55歳の男が、24歳の恋の話をしても、この人は笑わなかった。むしろ、少しだけ目を細めて聴いてくれた。

画面越しに1時間話した。お見合いが終わって、誠一はしばらく画面を閉じられなかった。

翌朝、工場に行く前に、ベランダに鉢植えを置いた。バジルとローズマリーとミント。マンションの近くの園芸店で、朝早くに買った。窓辺に並べて、葉を一枚ずつ指でこすった。30年ぶりに、その香りを嗅いだ。

今度は、枯らさないように育てようと思った。