54歳、「事故物件」で検索した夜、告知義務がある実家を2年間抱えてきた。夫にも言えなかった。

登場人物

恵子(けいこ)、54歳。神奈川県川崎市在住。会社の経理事務。夫と二人暮らし、子供は独立。2年前、一人暮らしだった父が埼玉・所沢の実家で孤独死。発見が遅れ特殊清掃が入った。相続したが不動産会社3社に告知義務を理由に断られ、夫にも言えないまま一人で抱えてきた。

夜中の2時に目が覚めると、もうそのまま眠れなかった。

隣で夫が規則正しく息をしている。恵子はそっと起き上がって、台所に行った。電気はつけなかった。暗いまま、冷蔵庫の前に立った。何を飲もうとしたのか、すぐ忘れた。窓の外に、川崎の夜の灯りが見えた。

頭の中に、所沢の家があった。

父は無口だったけれど、覚えていた

恵子の母は、恵子が中学生のときに病気で亡くなった。それから父と二人で生きてきた。父は感情を表に出さない人だった。口数が少なく、褒めることもなく、ただ黙って働いていた。

でも、覚えていた。

恵子が好きなお菓子を、父はずっと覚えていた。子供の頃から好きだった、缶に入ったバターサンドのこと。スーパーで見かけると買っておく、という習慣が、父にはあったらしい。恵子が実家に帰るたびに、台所の棚の上にそれが置いてあった。「買っといた」とも言わなかった。ただ置いてあった。

恵子が結婚して川崎に引っ越してからも、それは変わらなかった。年に数回帰ると、棚の上にバターサンドがあった。父が何も言わないから、恵子も何も言わなかった。ただ持って帰った。それが二人の間の、言葉にならない何かだった。

ここ数年は、なかなか帰れなかった。仕事が忙しくなって、子供たちの独立があって、夫の親の介護もあって。電話で「また行くね」と言うたびに、父は「ああ」とだけ言った。責めなかった。ただ「ああ」と言った。

片付けの日に、封を開けていないお菓子があった

父が孤独死したのは、2年前の秋だった。発見が遅れた。近所の人が気づいて、警察に連絡した。特殊清掃が入った。恵子が実家に入れたのは、それが終わってからだった。

台所の片付けをしていたとき、棚の上にそれがあった。

バターサンドの缶。封を開けていない、新しいものだった。

恵子はしばらく動けなかった。父が最後に実家に帰ってきた恵子のために用意していたのだろう。でも恵子はずっと「また行くね」と言ったまま、帰らなかった。父はそれを知らずに逝った。棚の上のバターサンドは、誰にも開けられないまま残っていた。

恵子はその缶を胸に抱えて、台所の床にしゃがみ込んだ。声を出さずに泣いた。父の葬儀でも泣けなかったのに、この缶の前では、涙が止まらなかった。

「告知義務があり、難しい物件です」

葬儀が終わって、四十九日が過ぎた。恵子は不動産会社に売却の相談に行った。最初の会社では、担当者が困った顔をした。

「発見が遅れて特殊清掃が入った物件は、心理的瑕疵として不動産の告知義務が発生します。売却の場合、この告知義務に時効はありません。どの買い手にも、永久に開示し続ける必要があります。正直なところ、通常の買い手はつきにくい状況です」

永久に。その言葉が、耳の奥に刺さった。

2社目も、3社目も、同じだった。どの担当者も「難しい」と言った。2021年10月に国土交通省が定めたガイドラインにより、特殊清掃が入った孤独死は告知義務の対象と明確になった。売却する限り、この義務は消えない。普通の不動産会社では扱いにくい物件だった。

恵子は帰り道、電車の中で窓の外を見ていた。父が一人で守ってきた家が、いつの間にか「難しい物件」になっていた。台所の棚のバターサンドのことを思った。父がどんな気持ちであれを買っていたのか。恵子には、もう聞く方法がなかった。

誰にも言えないまま、2年が過ぎた

夫には言えなかった。父の死のことは伝えていた。でも実家が告知義務のある物件になったこと、3社に断られたこと、毎月固定資産税と管理費だけが出ていくこと、その重さを、どう言葉にすればいいかわからなかった。夫は几帳面な人だった。きちんとした解決策を求める人だった。「どうするつもりだ」と聞かれたとき、答えを持っていなかった。だから言えなかった。

一番つらいのは、夜だった。布団に入っても、所沢の家が浮かんでくる。誰も住んでいない暗い家が、今この瞬間も存在している。固定資産税は毎年来る。売れない、貸せない、かといって取り壊すにもお金がかかる。どこにも出口がない問題を、一人で抱えて眠ろうとする。眠れなかった。

職場でも言えなかった。同僚に「お父様の家はどうされるの」と聞かれて、「まあ、ちょっと」と濁した。それ以上聞かれなかった。助かった、と思いながら、胸の奥で何かが固まっていくのを感じた。

棚の上のバターサンドは、今も手元にある。開けられなかった。開けてしまったら、何かが終わる気がして。

「告知義務 事故物件 買取」と、検索した夜

ある夜、また眠れなくて台所に立っていたとき、恵子はスマホを手に取った。今まで何度も「告知義務 不動産」で調べてきた。でもその夜は少し言葉を変えた。「告知義務 事故物件 買取」と打った。

出てきたのは、訳あり物件・告知義務のある事故物件を専門に買い取る業者のページだった。他社で断られた事故物件でも買取ができる、と書いてある。告知義務がついた事故物件を、それでも扱っている場所があるのだと、恵子は初めて知った。

画面を指でゆっくり動かしながら、恵子は何度も同じところを読み直した。2年間、どこにもなかった言葉が、そこにあった。

一人で抱えなくていいのかもしれない。

そう思った瞬間、胸の中で小さく何かがほどけた。

恵子が相談したのは、ここだった

※告知義務・訳あり物件専門・他社で断られた物件も相談可

翌朝、初めて夫に話した

その夜、恵子は所沢の住所を一文字ずつ入力した。父が55年住んだ家の住所。恵子が生まれ育った家の住所。指が少し震えた。

入力を終えたとき、画面に「受付完了」の文字が出た。恵子はスマホを両手で持ったまま、しばらくその文字を見ていた。

所沢の家は、まだそこにある。父のいない家が、今夜も暗いまま存在している。でも今、恵子はそれを一人で抱えていなかった。2年間で初めて、一緒に考えてくれる誰かがいる。まだ顔も知らない相手だけれど、それだけで、胸の奥の固まりが少しだけほどけた気がした。

翌朝、恵子は夫に話した。実家のこと、告知義務のこと、3社に断られたこと、2年間誰にも言えなかったこと。全部。夫は黙って聞いていた。最後に「なんでそんなに一人で抱えてたんだ」と言った。責めているのではなかった。知らなかったことを悔やむような声だった。

恵子は「ごめんね」と言った。夫は「俺に言えばよかったのに」と言った。

その言葉が、2年ぶりに泣かせた。

翌週、査定の担当者から連絡が来た。夫と並んで電話を聞いた。夫が横にいた。それだけで、2年前とは違う気がした。

もしあなたも、告知義務のある事故物件を一人で抱えているなら

国土交通省のガイドライン(2021年10月)により、特殊清掃が入った孤独死など発見が遅れた物件は、売却する限り告知義務が永続します。賃貸の場合はおおむね3年で告知義務は消えますが、売却は時効がありません。

「普通の不動産会社では難しい」と言われた事故物件でも、訳あり物件・告知義務のある物件を専門に扱う買取業者であれば、選択肢が変わることがあります。一人で眠れない夜を続けるより、まず話を聞いてもらうことが、最初の一歩になります。

一人で抱えなくていい

※共有持分・告知義務・心理的瑕疵など訳あり物件の専門買取

手元にあるバターサンドの缶を、恵子はまだ開けていない。でも今は、開けられる気がしている。父が用意していたものを、今度こそちゃんと受け取る日が、もうすぐ来る気がした。