52歳、亡き父が握りしめていた通帳を思い出す。もっと早く準備しておけばよかった、と呟いた横顔を。

登場人物

俊彦(としひこ)、52歳。茨城県水戸市在住。中堅メーカーの経理部に勤めて27年。妻と大学2年の娘の3人暮らし。3年前に父を看取った。父は78歳で亡くなるまで、年金だけでつつましく暮らしていた。

引き出しの奥から、父の通帳が出てきた。

書斎の整理をしていた土曜の午後だった。古い書類の束の下に、茶色い表紙の銀行通帳が一冊。3年前、父が亡くなったあと、相続の手続きで実家から持ち帰ったまま、そこに置いたことをすっかり忘れていた。通帳を開くと、最後の記帳は父が亡くなる3ヶ月前。年金が2ヶ月に一度、24万円ほど振り込まれている。そこから生活費が引き落とされて、残高はいつもほぼ同じ数字で上下していた。貯金は、ほとんど増えていなかった。

俊彦は通帳を閉じた。父の声が、耳の奥で聞こえた気がした。

父が呟いた、「もっと早く」

父が亡くなる半年前の秋のことだった。俊彦が実家に帰ると、父はこたつに入って、通帳と電卓を前に置いていた。ページを一枚一枚めくっては、電卓を叩いていた。何をしているのか聞くと、父は顔を上げずに言った。

「来年、屋根の葺き替えをしないと雨漏りしそうなんだが、いくらかかるか計算してる」

150万円ほどの工事だった。父の貯金では、3年分の余裕が一度に消える金額だった。父は電卓を叩き終わってから、通帳を両手で握りしめた。そのまま、しばらく黙っていた。そして、独り言のように呟いた。

「もっと早く、準備しておけばよかったな」

俊彦は返事をしなかった。何と言えばいいのかわからなかった。父は現役時代、真面目に働いて、真面目に貯金していた人だった。浪費もギャンブルもしなかった。それでも、70代後半の年金生活は、屋根を直すのに3年の貯金を全部使うような暮らしだった。父は結局、屋根の葺き替えを見送った。次の春に、脳梗塞で倒れて、そのまま亡くなった。

通帳を閉じて、自分の通帳を開いた

父の通帳を引き出しに戻して、俊彦は自分のネットバンキングの画面を開いた。給与振込口座、住宅ローン返済用の口座、家族の生活費の口座、積立の口座。4つの口座の残高を合計した。頭の中で計算した。娘の大学の残り2年分の学費、住宅ローンの残り10年分、車の買い替え。その先に、自分たち夫婦の老後がある。

電卓を叩いた。指が止まった。

3年前、父が電卓を叩いた指と、今、自分が電卓を叩いた指が、同じ動きをしていた。あの日の父の姿を、自分がそのままなぞっている。数字も父のときほど厳しくはなかった。でも、定年の65歳から先、年金だけで暮らす30年を考えると、父と同じ道を歩いていることは疑いようがなかった。

父は、自分の親の姿を見て生きていたのだろう。そして、自分は父の姿を見て生きている。もし娘が60代になったとき、娘も同じ通帳を握りしめて呟くのだろうか。

「もっと早く、準備しておけばよかった」

老後2,000万円という数字が、現実だと気づいた

何年か前、「老後2,000万円問題」がニュースで騒がれた。当時の俊彦は、あまり真剣に受け止めていなかった。平均の話で、自分の家は違うだろうと思っていた。でも父の通帳を見た今、あの数字は他人事ではなかった。夫婦二人で、毎月5万円の不足が30年続けば、本当に2,000万円になる。

貯金だけでは追いつかないことは、経理の仕事を27年やってきた俊彦にはわかった。銀行預金の金利は限りなくゼロで、インフレで物価は上がり続けている。定期預金に10年預けても、利息でジュース代にもならない。それなのに、電気代も食費も、毎年少しずつ上がっている。このまま貯金だけで備えようとすることは、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるようなものだった。

何か、動かなければならない。それはわかっていた。でも、何から始めればいいのかが、わからなかった。

「50代 老後資金 シミュレーション」と検索した

日曜の夜、俊彦はスマホで検索した。「50代 老後資金 シミュレーション」。画面をスクロールしていくうちに、無料で将来の資産状況を可視化してくれるサービスが目に入った。FPが監修するライフプランシミュレーションを、無料でもらえる。現在の収入や貯蓄、今後のライフイベントを入力すると、将来いつ頃にどれだけ足りなくなるのか、グラフで見せてくれるものだった。

60秒の入力。強引な勧誘なし。話を聞くだけでも大丈夫と書いてあった。経理の仕事柄、数字を見れば動けるタイプだった。まず、現状を正確に知ることから始めたい。

俊彦は、入力フォームを開いた。

俊彦が申し込んだのは、ここだった

※60秒の入力で無料。FP監修

シミュレーションの結果が出た日

1週間後、FPが作成したライフプランシミュレーションが届いた。グラフが一枚。横軸は年齢で、縦軸は資産残高だった。俊彦の資産は、65歳の定年までは緩やかに増えていく。そこから下り坂に入る。75歳あたりで、残高がゼロの線を割った。

父が屋根の葺き替えを諦めたのは、78歳だった。グラフの線とほとんど同じ場所だった。

紹介されたアドバイザーと面談した。強引な勧誘はなかった。俊彦の家族構成、収入、貯蓄、性格、リスク許容度を丁寧に聞いてくれた。そのうえで、いくつかの選択肢を提案してくれた。その中に、ワンルームマンション投資があった。ローンを組んで物件を購入し、家賃収入でローンを返していく。完済したあとは、家賃がまるごと年金の上乗せになる。

派手な話ではなかった。一攫千金でもなかった。20年かけて、毎月少しずつ、屋根の葺き替えを諦めなくていい自分を作っていく話だった。俊彦は、父の通帳をもう一度思い出した。父は何も悪くなかった。ただ、選択肢を知らないまま、真面目に働き続けただけだった。自分は、父より少しだけ早く、選択肢を知ることができた。

もしあなたも、親の背中を思い出すなら

親が晩年、何かを諦めているのを見ていた。旅行を諦めた。趣味を諦めた。家の修繕を諦めた。親は愚痴を言わなかった。でもその横顔を、あなたは覚えている。50代の今、自分の通帳を開いたとき、あの日の親の姿が少しだけ重なった。

親の代では、選択肢が少なかった。今は違う。まず、現状を正確に知ることから始められる。無料でシミュレーションを受けて、自分の将来のグラフを見て、そこから考える時間がある。親が言えなかった「もっと早く」を、自分の代で終わらせることができる。娘や息子に、同じ横顔を見せないために。

父が言えなかった「もっと早く」を、自分の代で終わらせる

※強引な勧誘なし。全国対応

面談から帰ってきた夜、俊彦は父の通帳をもう一度取り出した。茶色い表紙を手のひらで撫でた。父の指の温度は、もうそこにはなかった。でも、通帳を握りしめたあの日の父の呟きだけが、俊彦の中に残っていた。

「もっと早く、準備しておけばよかったな」

俊彦は、通帳を引き出しにそっと戻した。そして書斎を出て、リビングに向かった。妻がテレビを見ていた。大学から帰ってきた娘が、冷蔵庫を開けていた。俊彦は、二人に話そうと思った。今日聞いてきたこと、これから始めようと思っていること。家族で一緒に、父の代から続く宿題を、ここで終わらせる。

リビングの電気が、少しだけ温かく感じた。