裕介(ゆうすけ)、53歳。愛媛県松山市在住。高校の吹奏楽部でトランペットを吹いていた。楽器は母がパート代を貯めて買ってくれたもの。マイルス・デイビスに憧れて、放課後の音楽室で何時間も練習した。3年前に母が亡くなり、実家の押入れからトランペットが出てきた。リビングの棚に飾ったまま、3年。吹くつもりはない。でも、捨てられない。
ハードケースの留め金が、硬かった。
3年前、母が亡くなったあとの実家の片づけで、押入れの奥から出てきた。黒いハードケース。角が擦れて、留め金が錆びかけている。両手で力を入れてパチンと開けたとき、中からかすかに古い金属の匂いがした。YAMAHAのトランペットが、くすんだ金色のまま、ケースの中に横たわっていた。
母がパート代を貯めて買ってくれた楽器
高校1年の春、吹奏楽部に入った。トランペットを担当することになった。最初は学校の備品を使っていたけれど、夏が過ぎた頃、自分の楽器が欲しくなった。友人たちが一人ずつマイ楽器を手にしていくのを見ていた。でも裕介の家にそんな余裕はなかった。父は工場勤めで、母はスーパーのパートに出ていた。楽器の値段を調べて、言い出せなかった。
高校1年の冬、母が言った。「裕介、楽器屋さん行こうか」。意味がわからなかった。松山の商店街にある楽器店に連れて行かれて、店員さんが奥からトランペットを出してきた。YAMAHAの、銀色ではなく金色のラッカー仕上げ。ケースを開けた瞬間、店の蛍光灯の光を受けて、管体がぬるく光った。
「パート代、貯めとったんよ」
母はそれだけ言って、財布から封筒を出した。裕介は何も言えなかった。店員さんが包装している間、母は隣の文房具売り場でボールペンを見ていた。息子が泣きそうな顔をしているのを、見ないようにしてくれていた。
マイルス・デイビスに憧れた放課後
自分のトランペットを手にしてから、練習の密度が変わった。放課後の音楽室に最後まで残って、一人で吹いた。部活の先輩に借りたカセットテープで、マイルス・デイビスの「So What」を初めて聴いた夜、頭の中が全部持っていかれた。吹奏楽のトランペットとはまるで違う、乾いた、孤独な、けれど震えるほど美しい音だった。
マイルスのように吹きたい。そう思って、放課後の音楽室でミュートをつけて、「So What」のフレーズを何度も何度もなぞった。指が痛くなるまで吹いて、唇が腫れて、それでも繰り返した。マイルスにはなれない。わかっていた。でも、あの音に少しでも近づきたかった。母が買ってくれたこのトランペットで、どこまで行けるか試したかった。
高校3年の夏、コンクールで金賞を取った。閉会式で結果が読み上げられたとき、隣に立っていた同級生が泣いていた。裕介も泣いた。客席にいた母が、小さく手を振っていた。
大学で楽器を離れ、35年が経った
大学は東京に出た。吹奏楽は続けなかった。音楽サークルに入ろうかと思ったこともあるけれど、アルバイトと授業で時間が埋まり、トランペットはアパートの押入れに入った。就職して、結婚して、松山に戻って、子どもが生まれた。楽器は実家の押入れに移った。母が「いつか吹くかもしれんけん、置いといたるよ」と言ってくれたから。
いつか、は来なかった。35年が過ぎた。
3年前の春、母が亡くなった。79歳だった。葬儀が終わり、四十九日が過ぎ、実家の片づけを始めた。押入れの奥からハードケースが出てきたとき、裕介は畳の上に座り込んだ。ケースを開けて、トランペットを手に取った。思ったより軽かった。高校生の頃はもっと重く感じていたのに。
マウスピースをケースのポケットから取り出して、唇に当てた。息を吹き込んだ。音は出なかった。かすれた空気の音だけが、誰もいない実家の和室に散った。
棚の上で3年、午後の光を受けている
トランペットを松山の自宅に持ち帰って、リビングの棚に飾った。妻が「吹くの?」と聞いた。「いや、もう吹かん」と答えた。
それから3年。トランペットは棚の上で、午後の西陽を受けて静かに光っている。くすんだ金色が、夕方になると少しだけ温かい色になる。吹くつもりはない。でも、捨てられない。母がパート代を貯めて買ってくれた楽器。マイルスに憧れた放課後。コンクールで泣いた夏。あの管の中に、まだ全部残っている気がした。
でも、最近思うことがある。このまま棚の上に飾り続けて、自分が死んだら、この楽器はどうなるのか。息子は楽器に興味がない。妻もトランペットの価値はわからない。粗大ゴミに出されるかもしれない。母が貯めてくれたお金で買った楽器が、ゴミの日に出される。その想像が、どうしても受け入れられなかった。
「次のオーナーへつなぐ」という言葉
ある夜、スマホで「トランペット 買取」と検索した。売る気で検索したのではない。この楽器に、今どれくらいの値段がつくのか知りたかった。
いくつかのサイトを見ていくうちに、楽器買取の専門店が目に入った。管楽器も弦楽器も、どんな楽器でも買い取る。傷や凹みがあっても、自社のメンテナンス工房で修理できるから減額なしで買い取れると書いてあった。出張買取は全国対応で、1点からでも来てくれる。宅配買取なら梱包キットを無料で送ってくれて、梱包まで業者が代行してくれる。
でも、裕介が一番長く見ていたのは、そういう説明ではなかった。サイトの中に、こう書いてあった。「皆様が大事にしてきた思い出の楽器を、次のオーナーへ”つなぐ”お手伝いをさせてください」。
次のオーナー。この楽器を、誰かがまた吹いてくれる。母が貯めてくれたお金で買ったトランペットが、また誰かの唇に触れて、また音を出す。棚の上で光っているだけではなく、もう一度鳴る。その可能性があるなら。
裕介が見つけたのは、ここだった
※全国対応。出張・宅配どちらも無料。傷や凹みがあってもOK
査定員がマウスピースを見て言った言葉
出張査定を申し込んだ。数日後、査定員が自宅に来てくれた。30代くらいの男性で、自身もサックスを吹くと言っていた。
棚からトランペットを下ろして、テーブルの上に置いた。査定員が白い手袋をつけて、ベルの中を覗き込み、ピストンバルブを一つずつ押して動きを確認した。管体を回しながら、傷の有無を見ていった。
マウスピースを手に取ったとき、査定員が少しだけ手を止めた。「よく使い込まれてますね。リムのメッキが薄くなっている。たくさん吹かれた楽器ですね」。
裕介は黙ってうなずいた。あのリムに、高校生の自分の唇が毎日触れていた。マイルスの「So What」を何百回もなぞったリム。コンクールの朝、緊張で震える唇を押し当てたリム。メッキが薄くなるほど吹いた。母が買ってくれた楽器を、擦り切れるほど吹いた。
査定額が提示された。35年前の楽器に、思っていたよりずっと高い値段がついた。YAMAHAのトランペットは中古市場でも需要があること、状態が年式の割に良好であること、丁寧に説明してくれた。
「この楽器、次のオーナーさんにちゃんとつなぎます」
裕介は「お願いします」と言った。声が少しだけ詰まった。
もしあなたにも、眠っている楽器があるなら
若い頃に吹いていた管楽器。学生時代に弾いていたギター。押入れの奥で、何年も眠っている。売るのは惜しい。でも、もう吹くことはない。このまま放置すれば劣化していく。いつか処分するとき、価値も思い出も一緒に消えてしまう。
楽器買取の専門店なら、傷や凹みがあっても買い取ってくれる。自社工房でメンテナンスして、次の持ち主へつないでくれる。出張買取なら1点から全国無料。宅配買取なら梱包キットも梱包作業も無料。査定だけでもOK。納得できなければ断れる。
眠っている楽器を、もう一度鳴らせる場所がある
※LINE査定もOK。梱包キット無料。査定だけでも歓迎
トランペットがなくなった棚の上に、小さな跡が残っていた。3年間同じ場所に置いていたから、日焼けの差で楽器の形がうっすら見える。妻が「拭いたら消えるよ」と言った。裕介は「いや、もうちょっとそのままにしとこう」と答えた。
その夜、久しぶりにイヤホンでマイルス・デイビスを聴いた。「So What」。乾いた、孤独な、けれど震えるほど美しい音。高校生の自分が、放課後の音楽室でこのフレーズを必死になぞっていた。唇が腫れるまで。母が買ってくれたトランペットで。
あの楽器は今頃、工房でメンテナンスを受けているかもしれない。くすんだ金色が磨かれて、ピストンバルブに新しいオイルが注されて。やがてどこかの誰かが、あのマウスピースに唇を当てて、息を吹き込む。35年間止まっていた音が、また鳴り始める。
母さん、あのトランペット、まだ走るよ。

