59歳、ゴルフ歴20年でスコア110。妻が黙ってクラブを磨いていた理由を、定年前に知った。

登場人物

正樹(まさき)、59歳。東京都大田区在住。メーカーの営業部長。来年60歳で定年退職。妻と二人暮らし、子供二人は独立。ゴルフ歴20年、スコアは110前後で一向に上達しない。

ティーショットが右に曲がった。林に入った。

正樹はクラブを持ったまま、しばらくフェアウェイに立っていた。後ろの組が待っている気配がした。「すみません」と小さく頭を下げて、カートに乗った。

ゴルフ歴20年、スコアは110前後。変わらなかった。毎週末、練習場で200球打っても、月に一度のラウンドでも、スコアカードの数字は同じ場所に留まっていた。

接待ゴルフで、取引先の前で恥をかいた

忘れられないラウンドがある。3年前、取引先の役員と回った接待ゴルフだった。

相手は60代で、スコアは85前後。正樹はその日、120を叩いた。バンカーから出られない。アプローチがグリーンを越える。パットが3回、4回と増えていく。役員は「正樹さん、ゴルフ楽しんでるねぇ」と笑った。慰めの笑顔だった。

帰りの車で、正樹は黙っていた。運転しながら、ハンドルを握る手に力が入っていた。恥ずかしいのではなかった。情けなかった。20年やって、この程度かと。

来年、定年退職する

正樹は来年、60歳で定年退職する。37年間、営業一筋で走ってきた。朝7時に家を出て、夜9時に帰る生活。週末だけがゴルフの時間だった。

退職した後、何が残るのかを、正樹は最近よく考えるようになった。会社の肩書きがなくなれば、取引先とは会わなくなる。部下とも疎遠になるだろう。37年間の人間関係のほとんどが、名刺の上にしか存在しないことに、気づいていた。

退職後に残るのは、月に一度のOBゴルフだった。会社を辞めた先輩たちが集まって回るゴルフ。70代の先輩が90台で回る中、正樹だけが110を切れない。「正樹さん、もうちょっとだよなぁ」と先輩に言われるたびに笑って流してきた。でも笑えなくなってきていた。

このままのスコアで退職したら、OBゴルフが苦痛になる。そうなれば、退職後の唯一の社会との接点がなくなる。

練習場で200球打っても、変わらない理由

正樹は練習を怠けていたわけではなかった。毎週土曜日、近所の練習場に行った。200球を黙々と打った。ドライバー、アイアン、ウェッジ。自己流で打ち続けてきた。

でも、20年間変わらなかった。フォームが正しいのかどうかもわからなかった。動画を見ても、自分の何が違うのかが見えなかった。足のつき方なのか、腰の回し方なのか、グリップの握りなのか。一人では、自分のどこが間違っているのか、わからなかった。

練習量が足りないのではなく、練習の仕方がわからないまま20年が過ぎた。そのことに気づいたのは、つい最近だった。

妻が黙ってクラブを磨いていた

妻は、ゴルフに興味がなかった。ルールも知らない。パーもボギーもわからない。正樹がスコアの話をしても、「そうなの」としか言わなかった。

でも、正樹がゴルフから帰った翌朝、クラブバッグを開けると、クラブが磨いてあった。泥が落としてあって、ヘッドが光っていた。いつからそうなっていたのか、正樹は覚えていなかった。気づいたら、いつもそうだった。

正樹はそのことを、妻に聞いたことがなかった。妻も何も言わなかった。

あの接待ゴルフで120を叩いた日も、翌朝にはクラブが磨いてあった。OBゴルフで110を切れなかった日も、磨いてあった。正樹がどんなスコアで帰ってきても、妻は黙ってクラブを磨いていた。

定年が近づいてきたある夜、正樹は居間でソファに座って、ゴルフバッグを見ていた。妻が台所で洗い物をしていた。正樹はふいに聞いた。「なんで、クラブ磨いてくれてるの」

妻は振り返らずに言った。「あんたが次も行くからでしょ」

正樹は何も言えなかった。

妻は、スコアを見ていなかった。スコアカードの数字なんて、どうでもよかったのだ。正樹が週末にゴルフに行くこと、帰ってきて「今日はダメだった」とぼやくこと、それでもまた次の週末に出かけていくこと。その繰り返しの中に、正樹が生きている実感があることを、妻は知っていた。だからクラブを磨いていた。「次も行くからでしょ」。その一言の中に、妻の20年分の理解が全部入っていた。

一人では見えなかったものを、見てもらう

その夜、正樹はスマホを開いた。「ゴルフ 上達しない 50代」と打った。いくつかのページを読んで、「自己流の限界」という言葉に目が止まった。一人で200球打つよりも、自分のフォームを誰かに見てもらう方が、変わる。

マンツーマンのゴルフレッスンを調べ始めた。いくつかの教室のページを見ていくうちに、体験レッスン付きのゴルフ力診断ができるスクールに辿り着いた。自分の今の実力を客観的に見てもらって、何が足りないのかを教えてもらえる。

59歳から変われるのかどうか、正樹にはわからなかった。でも、20年間一人で打ち続けて変わらなかったものが、誰かの目で見てもらうことで変わるなら、試してみたかった。定年まであと1年。OBゴルフの先輩たちの前で、胸を張って回れる自分になりたかった。

妻が磨いてくれたクラブで、これからも打ち続けるために。

正樹が見つけたのは、ここだった

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診断の日、妻が声をかけた

翌週の土曜日、正樹は妻に「ちょっとゴルフのレッスン行ってくる」と言った。妻は「へえ」と少し驚いた顔をした。20年間、一度もレッスンに行ったことがなかった正樹が、初めて誰かに教わりに行く。

玄関で靴を履いていたら、妻が後ろから声をかけた。「クラブ、磨いといたよ」

正樹は振り返った。妻は台所に戻っていた。

正樹はクラブバッグを手に取った。ヘッドが光っていた。20年間、スコアが変わらなくても、妻はずっとこうして送り出してくれていた。

今日は少し違う。スコアを変えに行く。妻が磨いてくれたクラブで、変わるために。

もしあなたも、一人で打ち続けて変わらなかったなら

50代で20年ゴルフを続けても上達しないのは、努力が足りないからではない。一人では見えないものがある。フォームの癖、力の入り方、体重移動。自分では正しいと思っている動きが、実はスコアを止めている原因かもしれない。

マンツーマンで自分のゴルフを見てもらうことは、20年分の「わからない」に答えをもらうことでもある。

20年変わらなかったスコアを、変えにいく

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翌月のOBゴルフで、正樹は102で回った。20年間切れなかった110を、初めて切った。帰りの車で、正樹は妻に電話した。「102だった」。妻は少し黙って、「よかったね」と言った。それだけだった。

家に帰ると、台所のテーブルに正樹の好きなビールが冷えていた。その横に、磨いたばかりのクラブが立てかけてあった。