53歳、夫が遺したギターケースを開けた。内ポケットに、知らなかったメモが入っていた。

登場人物

和子(かずこ)、53歳。愛知県名古屋市在住。近所のスーパーでパートをしている。2人の子供はすでに独立して家を出た。2年前、夫の健一を心筋梗塞で突然亡くした。

押し入れの前に立って、和子はしばらく動けなかった。

引き戸の前まで来るのに、2年かかった。手をかければ開く。でも開けられなかった。健一のものがそのまま入っている押し入れを、和子は見ないふりをして2年間過ごしてきた。子供たちが来るたびに「そろそろ片付けたら」と言われた。うん、そうだね、と答えながら、一度も開けなかった。

2月の夜だった。外から、かすかに風の音がしていた。

「いつか一緒に弾こうな」と、彼は言っていた

健一とギターの話をしたのは、付き合い始めた頃だった。

健一は学生時代からギターを弾いていた。フォークソングが好きで、なごり雪とか、涙そうそうとか、和子が知っている曲をよく口ずさんでいた。「弾いて」と頼むと、照れながらも弾いてくれた。コードを押さえる左手の指先が、少しだけ固くなっていた。

「和子も覚えればいいじゃないか。一緒に弾けたら楽しいぞ」

そう言ったのは、結婚してすぐの夏だったと思う。和子は「教えてよ」と言った。健一は「ああ、いつかな」と笑った。

でも、子供が生まれて、仕事が忙しくなって、その「いつか」は一度もやってこなかった。健一がギターを弾くのも、子供たちが小さい頃にリビングで少し弾いた記憶があるくらいで、いつの間にかギターは押し入れの奥に収まっていた。それがいつのことだったか、和子には正確に思い出せない。

健一のギターは、2年間押し入れにあった

健一が逝ったのは、2年前の秋だった。職場で倒れたと電話が来て、病院に駆けつけたときにはもう間に合わなかった。心筋梗塞だった。58歳だった。

葬儀が終わって、四十九日が過ぎて、子供たちがそれぞれの生活に戻っていった。和子は一人になった。朝、起きて、パートに行って、帰ってきて、夕飯を一人分作って食べた。それを繰り返していると、時間は進んだ。進んでいるのかどうか、よくわからないまま。

不思議なことに、和子はほとんど泣かなかった。葬儀の日も、一周忌も。泣けなかったというより、現実だという実感が、どこかでまだついてきていなかった。健一がいない食卓を見ながら、いつか帰ってくるような気がした。そのたびに、違う、と自分に言い聞かせた。

健一の部屋のものは、大切なものだけ残して少しずつ整理した。でも押し入れだけは手をつけられなかった。何が入っているか、おおよそわかっていた。洋服、アルバム、それから、ギターケース。あの細長い黒いケースが、奥に立てかけてあるはずだった。

ケースの内ポケットに、折りたたまれた紙があった

引き戸を開けると、かすかに埃の匂いがした。奥に、黒いギターケースが立っていた。思っていたより埃は少なかった。和子はケースを両手で抱えて、居間に運んだ。

畳の上に置いて、留め具に手をかけた。固かった。力を入れると、パチンと音がして開いた。

中のギターは、艶を失っていなかった。弦が少し錆びているくらいで、ボディの木目はそのまま残っていた。和子はしばらく触れずに、ただ見ていた。健一の指が触れていた場所。健一が学生の頃から弾いてきた楽器。

ケースの内ポケットに、何か入っているのに気づいたのはそのときだった。薄い紙が折りたたまれている。和子は手に取った。開いた。

健一の字だった。

「和子へ。いつか一緒に弾こうな」

いつ書いたものか、わからなかった。いつここに入れたのかも。健一がギターをケースにしまった、あの日の前夜か、あるいはもっと昔か。和子には知る方法がなかった。

ただ、この字は、健一の字だった。

和子はメモを両手で持ったまま、しばらく動けなかった。泣けなかった。泣くより先に、胸の奥で何かが、静かに、音もなく動いた。

この曲は、会いたい人のことを歌っていた

メモをそっと折りたたんで、ポケットにしまった。

そして思った。弾いてみよう、と。

53歳から始めても、遅いのかどうか、和子にはわからなかった。楽譜も読めないし、コードも知らない。それでもスマホを開いて、「ギター 初心者 50代 始め方」と打った。

いくつかのページを開いて読んでいくうちに、初心者向けのギター講座に辿り着いた。楽譜が読めなくても大丈夫、指一本から始められる、と書いてあった。練習曲のリストの中に、なごり雪、涙そうそう、という名前があった。

和子は画面を見たまま、息を止めた。

健一がよく口ずさんでいた歌だった。居間のソファで、台所で洗い物をする和子の後ろで、何度も聞いた歌だった。

ポケットの中のメモを、指先で確かめた。「和子へ。いつか一緒に弾こうな。」

ここから、始められるかもしれない。

和子が見つけたのは、ここだった

※楽譜が読めなくてもOK・指一本からスタート

弾けなかった。でも、わかった。

教材が届いたのは、5日後だった。

段ボールを開けて、テキストとDVDを取り出した。居間のテーブルに並べて、しばらく眺めていた。健一のギターがすぐそばに立てかけてあった。二つが同じ部屋にあること、それだけで、和子は少し前に進めそうな気がした。

53歳になって、初めて自分のために何かを迎えた夜だった。誰かのためではなく、自分の手がもう一度動くために。

その夜から、和子は毎晩少しずつ練習した。最初はうまく押さえられなかった。指先が痛くて、音は鳴らなかった。それでも動画を止めながら、同じ場所を何度も繰り返した。

3週間が過ぎた頃、なごり雪のイントロが、少しずつ形になってきた。まだぎこちなかった。弾けた、というより、それらしい音が続くようになった、という程度だった。

その夜、和子は練習しながら、ふとこの曲のことを考えた。なごり雪は、別れの歌だ。もう会えない人を見送る、春の終わりのホームの情景。振り返っても、その人はもういない。それでも、心の中に雪が降り続けている。

弾きながら、和子は思った。これは、自分の歌だ、と。

健一を見送ったあの秋の朝。病院の廊下。間に合わなかった、という言葉。2年間、泣けなかったのは、現実だと思いたくなかったからかもしれない。泣いてしまったら、本当にいなくなってしまう気がして。だから泣かなかった。泣けなかった。

でも今、自分の指から流れているこの曲は、「会いたい」ということを、ただまっすぐに歌っていた。

和子は弦から指を離した。気づいたら、頬が濡れていた。

声は出なかった。ただ、涙が出た。2年間、一度も出なかった涙が、ギターを抱えた膝の上に、ぽたりぽたりと落ちた。

健一に会いたかった。

ずっとそう思っていたのに、言葉にしたことがなかった。曲がそれを、代わりに言ってくれた。

もしあなたも、誰かと交わした約束があるなら

50代になると、「いつかやろう」と言ったまま果たせていないことが、いくつかある。時間がなかった。忙しかった。もう遅いかもしれない。そう思って、また後回しにする。

でも、ギターは始めるのに遅すぎるということがない。楽譜が読めなくても、音楽の経験がなくても、指一本から始められる。そして時に、自分では言葉にできなかった気持ちを、曲が代わりに届けてくれることがある。

今からでも、遅くはない

※DVD+オンライン視聴・何度でも見返せる

ケースの内ポケットのメモは、今も和子のポケットに入っている。

「いつか一緒に弾こうな」という約束は、果たせなかった。でも和子は今夜も、健一がよく口ずさんでいたあの曲を、一人で弾く。うまくはない。でも弾くたびに、胸の奥で何かがほどけていく気がした。

それで、よかった。