54歳、ハーレーを買ったら玄関が別の部屋になった。

登場人物

浩(ひろし)、54歳。三重県在住の会社員。20代のころ乗っていたバイクを、結婚を機に手放して25年。末の子が大学に出て行った春に大型免許を取り直し、ハーレーダビッドソンのスポーツスターSを購入した。週末は伊勢志摩の海沿いを走るのが楽しみ。気がついたら装備が増えすぎて、玄関が別の部屋のようになっていた。

日曜の朝、玄関を開けると、ヘルメットが3つ並んでいる。

フルフェイスが2つ、ハーフが1つ。その横に革ジャンが2着、メッシュジャケットが1着、ブーツが2足。サドルバッグ、工具セット、チェーンロック、グローブが3組。棚に収まりきらなくなったものが、廊下の壁際にまで並んでいる。

妻が通り抜けるとき、少しだけ横を向く。

何も言わない。でも、浩にはわかる。

25年ぶりに、また跨った

末の子が大学に入って家を出た春、浩は大型免許を取り直した。20代のころCB400に乗っていて、結婚して子どもが生まれてから「そのうちまた」と言い聞かせながらバイクを手放して、25年が経っていた。

免許センターの帰り道、そのままバイクショップに寄った。ハーレーダビッドソンのスポーツスターSを見た瞬間、もうほかのものは目に入らなかった。あの低くて重いエンジン音が、伊勢志摩の海道に合う気がして、浩はもう決めていた。

国道42号を、南へ

週末になると、国道42号を南に向かう。

鳥羽を過ぎると、海が近くなる。右手に的矢湾の水面が広がり、朝の光を受けて銀色と青が混ざったような色に輝いている。防波堤の向こうに小さな漁船が浮かんでいて、波がゆっくりと返していく。ヘルメット越しでも、潮の匂いが届く気がした。

志摩半島の岬を回ると、水平線がぱっと開ける。空と海の境目がどこかわからなくなる瞬間がある。エンジンの振動が背骨に伝わってきて、信号のない一本道をただ走り続ける。

「ああ、生きてるな」と思う。25年間、忘れていた感覚が、戻ってきた。

気がついたら、玄関が別の部屋になっていた

ただ、家の中のことが気になり始めた。

最初はヘルメット1つとジャケット1着。でも季節が変わればメッシュジャケットが必要になり、ツーリングが増えればサドルバッグが欲しくなり、ロングツーリングに備えて工具セットを揃えた。バイク用品店に寄るたびに「これも要るやん」と思って買い足していたら、玄関の棚が溢れ、廊下の壁際に積み上がっていた。

「えらいくらい増えてしもたな」と自分でも思う。

妻は何も言わない。ただ、朝玄関を通るとき、少しだけ顎を引く。その角度が、何かを語っていた。

「どこかに置けんかな」と、浩は思い始めた。

「どこかに置けんかな」と思った夜

ある夜、スマホで「バイク 装備 収納」と検索していたら、「屋内型トランクルーム」という言葉が出てきた。

屋外のコンテナ型は知っていたが、屋内は違った。空調が効いていて、湿気でヘルメットのライナーが傷まない。革ジャンも型崩れしない。防犯カメラとオートロックで、大切な装備を安心して置いておける。24時間いつでも出し入れができるから、朝早いツーリングの準備にも困らない。

「これやん」

最寄りの店舗を確認したら、思っていたより近かった。ページの下に、空室確認のボタンがあった。最寄りの店舗を確認したら、思っていたより近かった。浩はしばらく画面を見てから、予約ページを開いた。

浩が見つけたのは、ここだった

※屋内型・空調完備。24時間365日出し入れ自由

玄関が、玄関に戻った

契約して、荷物を運んだ。ヘルメット3つ、ジャケット類、ブーツ2足、工具セット、その他もろもろ。鍵を閉めて家に帰ると、玄関に何もなかった。

靴箱の上に、妻が小さな花を飾っていた。

何も言わなかった。でも、浩にはわかった。

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翌週の日曜、浩はまたハーレーに跨って国道42号を南へ向かった。

鳥羽を過ぎたあたりで、的矢湾が右手に広がった。光の加減で、海の色がいつもと少し違う。こういう景色は、来るたびに違う顔をしている。

「今日はどこまで行こかな」と思いながら、アクセルを緩めずに走り続けた。行き先を決めなくていい。それが、この歳になって手に入れた自由だった。