55歳、ショールームが閉まった日。母のクリーニング店の蒸気の匂いを、ふいに思い出した。

登場人物

弘子(ひろこ)、55歳。横浜市青葉区在住。住宅メーカーのショールームに20年勤務。ショールーム閉鎖に伴い早期退職。夫の正志(56歳)と二人暮らし、娘(26歳)は独立。

ショールームの最後の日、閉店後に弘子は一人でモデルキッチンの前に立っていた。

ステンレスの天板を、布巾で拭いた。20年間、毎朝一番に来て、この天板を磨くことから弘子の一日は始まった。水栓の根元を拭き、IHの表面を拭き、シンクの縁を拭いた。指紋一つ残さない。お客様が触れる場所を、お客様が来る前にきれいにしておく。それが弘子の仕事だった。

最後の一拭きをした。布巾を畳んだ。ステンレスの天板に、天井の蛍光灯が映っていた。明日からはもう、ここを磨く人はいない。

弘子は電気を消して、鍵を閉めた。

毎朝、磨く場所がなくなった

退職してから、弘子の朝は変わった。目は覚める。6時に起きる習慣は20年で身体に刻まれている。でも、行く場所がない。ベッドから起き上がって、台所に立って、お湯を沸かす。正志の弁当を作る。正志が出かけたあと、静かになった家の中で、弘子は手持ち無沙汰に立っている。朝の光が台所の窓から入ってくる。ショールームにいた頃は、この時間にはもうモデルキッチンの天板を磨いていた。

再就職を探した。ハローワークに通い、求人サイトを見た。55歳、事務職未経験。面接まで進んだのは2社で、どちらも断られた。「経験豊富な方を」と言われた。20年の経験は、ショールームの外では通じなかった。

やることがないと、手が動いた。台所の換気扇を分解して磨いた。風呂場のタイルの目地をブラシでこすった。玄関のタイルに水を流して、一枚ずつ拭いた。磨き終わると少しだけ気持ちが落ち着いた。きれいになった場所を見ると、呼吸が楽になる。20年間そうだった。正志が仕事から帰ってきて「また台所きれいにしたのか」と笑った。弘子は「やることないから」と答えた。笑って答えたつもりだったけれど、声は笑っていなかった。

母のクリーニング店の、蒸気の匂い

ある日の午後、台所のアイロンで正志のシャツにアイロンをかけていた。蒸気が立ちのぼった瞬間、弘子の手が止まった。

この匂いを、知っている。

母のクリーニング店の匂いだった。

弘子の母は、横浜の下町で小さなクリーニング店をやっていた。店といっても、商店街の端にある三坪ほどの場所で、看板は手書きだった。近所のおばさんたちがシャツやスカートを持ってきて、母はそれを一枚一枚きれいにして返していた。

弘子は学校帰りに店に寄った。ランドセルをカウンターの隅に置いて、母がアイロンをかけるのを見ていた。プレスの蒸気が白く立ちのぼって、シャツの皺が一本ずつ消えていく。仕上がったシャツがハンガーに並んでいく。白い、ぱりっとしたシャツ。母の横顔は、真剣だった。夕方の西日が店の中に差し込んで、蒸気が金色に光っていた。弘子はその光を見るのが好きだった。

「お母さん、なんでこの仕事してるの?」と聞いたことがある。中学生の頃だったと思う。

母は手を止めずに答えた。「きれいにして返すと、みんな笑顔になるのよ」

母の店は、弘子が高校生の頃に閉じた。商店街が寂れて、お客さんが減って、採算が合わなくなった。最後の日、母はいつもと同じようにアイロン台を片づけて、看板を外して、「しょうがないわね」と笑った。弘子はその笑顔を見て、何も言えなかった。母はパートに出るようになった。それから何年かして、母は亡くなった。

あの店はもうない。母もいない。でも蒸気の匂いだけが、弘子の手の中に残っていた。

「自分の仕事がしたい」

アイロンを置いて、弘子はしばらくシャツを見ていた。ぱりっとした白。母のシャツと同じだった。

弘子はずっと、母のように自分の店を持ちたいと思っていた。自分の手で、自分の場所で、きれいにする仕事がしたかった。でも結婚して、娘が生まれて、住宅メーカーに就職して、その夢は引き出しの奥にしまった。20年間、ショールームのモデルキッチンを磨きながら、たまに母の店を思い出した。でも、思い出すだけだった。

55歳。ショールームはなくなった。再就職も見つからない。でも退職金はある。手は動く。20年間、毎朝キッチンを磨いてきた手だ。

その夜、弘子は台所のテーブルでスマホを開いた。「ハウスクリーニング 開業 女性」と検索した。雇われる側ではなく、自分の仕事として、きれいにする仕事を始めたかった。

いくつかのページを見ていくうちに、ハウスクリーニングのフランチャイズに辿り着いた。年齢不問、経験不問、女性オーナーも活躍している。50日間の研修で技術を一から学べる。一人で開業して、自分のスケジュールで働ける。

弘子は画面を見ながら、胸の奥が熱くなった。母の店とは違う。掃除の仕事だ。でも、「きれいにして返す」という一点だけは、同じだった。

弘子が辿り着いたのは、ここだった

※年齢・経験不問・50日の研修あり・全国290店舗

資料の上に、手を置いた

届いた資料を、居間のテーブルで開いた。研修の内容、開業までの流れ、必要な資金、女性オーナーの声。一つずつ読んだ。

正志が台所からお茶を持ってきた。資料をちらっと見て、「掃除の仕事?」と聞いた。弘子は「うん」と答えた。正志は「お前、掃除好きだもんな」と言って、向かいに座った。

弘子は資料を読み終えて、テーブルの上に両手を置いた。20年間ショールームを磨いてきた手。その前は、母のクリーニング店で、仕上がったシャツの襟を指先で撫でていた手。

母の声が聞こえた気がした。「きれいにして返すと、みんな笑顔になるのよ」。

あの言葉を、今度は自分の仕事にする。

もしあなたも、自分の手で始める仕事を探しているなら

50代で仕事を失うと、「次がない」という不安が押し寄せる。再就職は年齢で断られ、できることが限られていく気がする。でも、20年、30年と働いてきた手には、技術と経験が残っている。

ハウスクリーニングのフランチャイズは、年齢も性別も問わない。研修で技術を学び、一人で開業して、自分のペースで働ける。きれいにすることが好きなら、それを自分の仕事にできる道がある。

きれいにする手で、自分の仕事を始める

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弘子は資料を本棚にしまって、台所に立った。夕飯の支度をしながら、シンクの縁を指先でなぞった。ステンレスが光っていた。ショールームのモデルキッチンと同じ光り方だった。

正志が仕事から帰ってきた。夕飯を食べながら、弘子は言った。「説明会に行ってみようと思う」。正志は箸を止めて、弘子を見た。それから「いいんじゃないか」と言った。少し笑っていた。弘子が久しぶりに、自分から何かをやりたいと言ったからかもしれない。

食器を洗い終えて、弘子は台所の電気を消す前に、もう一度シンクを拭いた。明日の朝、弘子はまた早く起きるだろう。6時に目が覚めて、台所に立つだろう。でも今度は、やることがないから磨くのではない。

母が三坪の店でシャツを一枚ずつきれいにしていたように。弘子も、自分の手で、誰かの家をきれいにする。きれいにして返すと、みんな笑顔になる。母が教えてくれたことを、55歳の弘子が、これから始める。