56歳、印刷工場で33年間機械を磨いてきた。妻が黙ってパートを週5日に増やしていたことを、半年後に知った。

登場人物

義弘(よしひろ)、56歳。埼玉県川口市在住。印刷会社の工場勤務33年。妻(54歳)はスーパーのパート。子供二人は独立。来年57歳で役職定年を迎え、給料が3割減る。

工場のラインが、一つ止まった。

義弘が33年間立ってきた持ち場の隣のラインだった。デジタル化で紙の印刷が減り、受注が半分以下になっていた。ラインが止まると、そこにいた後輩たちが別の持ち場に移された。工場の中に、動かない機械が一台残った。埃を被り始めた機械を、義弘はたまに見ていた。

来年、義弘は57歳で役職定年を迎える。給料が3割減る。再雇用で残ったとしても、65歳までの手取りは20万円を切る。33年間、紙の匂いとインクの匂いの中で働いてきた。それ以外の仕事を、義弘は知らなかった。

義弘の持ち場だけ、いつも光っていた

義弘には一つ、工場の中で誰にも負けないものがあった。

自分の持ち場を、誰よりもきれいにすることだった。

毎日、仕事が終わると、義弘は15分かけて機械を磨いた。インクの飛沫を拭き、ローラーの隙間の紙粉を取り、操作パネルを乾拭きした。33年間、一日も欠かしたことがなかった。帰る前に、自分の機械が光っているのを確認して、上着を着た。

後輩たちは「義弘さんの持ち場だけ、いつも光ってますね」と言った。義弘は「当たり前だろ。機械に失礼だ」と答えた。後輩たちは笑った。でも、義弘は本気だった。自分が任された機械を、最後まできれいに使う。それが義弘の、33年間変わらない仕事の流儀だった。

でも、その持ち場も来年には後輩に引き継ぐことになる。役職定年で、義弘は一線から退く。33年磨いてきた機械を、誰かに渡す日が来る。

冬の日曜日、換気扇を3時間磨いた

1月の日曜日だった。妻が出かけている間に、義弘は台所の換気扇を分解した。

油がこびりついていた。何年分の油が層になって、フィルターもファンも茶色く固まっていた。義弘は洗剤を吹きかけて、ブラシで一つずつ磨いた。指先が油で黒くなった。工場の機械とは違う種類の汚れだったが、磨く動作は同じだった。一つずつ、丁寧に、元の金属の色が出るまで。

3時間かかった。フィルターもファンも、カバーも、全部元の銀色に戻った。義弘は磨き終わった換気扇を見上げて、少しだけ満足した。工場の機械を磨き終えたときと、同じ気持ちだった。

妻が帰ってきて、台所に入って、上を見た。「きれいになったね」と言った。それだけだった。でもその一言が、義弘に刺さった。

自分は掃除が好きなのだと、56歳にして初めて気づいた。

妻のカレンダーを、見てしまった

2月のある夜、義弘は台所の壁にかかっているカレンダーをふと見た。妻のスーパーのシフトが書き込んであった。

月曜から金曜まで、全部埋まっていた。

義弘は目を疑った。妻のパートは、ずっと週3日だったはずだ。火曜と木曜と土曜。それが義弘の知っている妻のシフトだった。

「お前、いつから週5日にしたんだ」

妻は洗い物をしながら、振り返らずに答えた。

「半年前から」

義弘は何も言えなかった。半年前。義弘が来年の役職定年の話を聞いたのと、同じ頃だった。義弘の給料が3割減ることを、妻は知っていた。義弘が何も言わなくても、妻は察していた。そして半年間、黙ってパートの日数を増やしていた。

妻は54歳だった。スーパーのパートを週5日。立ち仕事で、重い荷物を運んで、レジを打って。それを半年間、義弘に一言も言わずに続けていた。

義弘はカレンダーを見つめたまま、胸の奥が熱くなった。この人のために、もう一度稼ぐ力を作らなければならないと思った。

「あんたに合ってると思うよ」

その夜、義弘はスマホで「50代 独立 未経験」と検索した。定年後も自分の力で稼げる仕事を探したかった。転職ではない。転職すれば、また誰かの下で、また別の工場で、同じことを繰り返す。それよりも、自分の手で、自分のペースで働ける仕事。

いくつかのページを見ていくうちに、ハウスクリーニングのフランチャイズに辿り着いた。年齢不問、経験不問、一人でも始められる。50日間の研修で技術を学べる。50代後半で独立した先輩オーナーの声が載っていた。生命保険会社の管理職を辞めて、定年後にハウスクリーニングを始めた人。バイクで15分の近所を回って、昼食も夕食も自宅で取れている、と書いてあった。

義弘は画面を見ながら、今朝磨いた換気扇のことを思い出した。3時間かけて、元の銀色に戻した換気扇。あの作業を、仕事にできるかもしれない。33年間、工場で機械を磨いてきた手で、今度は誰かの家をきれいにする。

義弘の横に、妻がお茶を持ってきた。スマホの画面をちらっと見て、「掃除の仕事?」と聞いた。義弘は「うん」と答えた。

妻は少し笑って言った。「あんたに合ってると思うよ。うちの換気扇、あんなにきれいにしたの、33年で初めてだもんね」

義弘は笑った。笑いながら、少しだけ目が熱くなった。

義弘が見つけたのは、ここだった

※年齢・経験不問・50日の研修あり・全国290店舗

資料を読んだ朝

届いた資料を、義弘は居間のテーブルで読んだ。研修の内容、開業までの流れ、必要な資金、先輩オーナーたちの売上データ。一つずつ読んだ。

妻は台所にいた。洗い物をしていた。義弘は資料から顔を上げて、妻の後ろ姿を見た。54歳の妻が、週5日、立ち仕事で家計を支えている背中。

義弘は資料を閉じて、静かに言った。「説明会、行ってみるよ」

妻は振り返らずに「うん」と言った。洗い物を続けながら、小さく笑っている気配がした。

もしあなたも、定年後の働き方を考え始めたなら

50代で定年や役職定年が近づいてくると、「この先どう稼ぐか」という問題が現実になる。転職か、再雇用か、独立か。選択肢はあるけれど、どれも不安が伴う。

ハウスクリーニングのフランチャイズは、年齢も経験も問わない。掃除が好き、きれいにすることが好き。それだけで始められる仕事がある。研修で技術を学べて、一人で開業して、自分のスケジュールで働ける。

33年間磨いてきた手で、次の仕事を

※無料資料請求・書籍プレゼント付き

説明会に行った日の帰り道、義弘は電車の中で窓の外を見ていた。川口の街並みが流れていった。33年間、同じ電車で工場に通った。この景色も、来年からは変わるのかもしれない。

家に着くと、玄関の靴箱の上に、妻がスーパーで買ってきた惣菜のコロッケが置いてあった。義弘の好きな、肉屋のコロッケ。「今日どうだった?」と妻が聞いた。義弘は「よかったよ」と答えた。妻は「そう」と言って、台所に戻った。

義弘はコロッケを一つ手に取りながら、台所の換気扇を見上げた。1月に磨いた換気扇は、まだ銀色に光っていた。

33年間磨いてきた手は、まだ動く。次は、この手で誰かの家をきれいにする。妻が週5日に増やしたパートを、いつか週3日に戻してあげるために。