56歳、20年乗り続けた愛車が事故で大破した。修理か、廃車か。答えが出ないまま、駐車場に通った。

登場人物

寛(ひろし)、56歳。広島県在住の会社員。20年間乗り続けてきた愛車のトヨタ・クラウンで追突事故に遭った。信号待ちで後ろから突っ込まれた。幸い体は無事だったが、車はリアが大破。ディーラーに持っていったら「修理費用は120万円です。ただ、修理しても修復歴がつきます」と言われた。120万円かけて直しても、修復歴がつけば将来の売却時に大幅に値下がりする。かといって、20年連れ添った車をスクラップにするのは忍びない。

事故の瞬間は、一瞬だった。

信号待ちで停まっていたら、後ろから衝撃が来た。ドンッ、という鈍い音と、体が前に投げ出される感覚。シートベルトが胸に食い込んだ。

ミラーを見ると、後ろの車のフロントがめり込んでいた。追突。相手の前方不注意だった。

幸い、体は無事だった。首が少し痛いくらいで、大きな怪我はなかった。

でも、車は違った。

降りて後ろを見たとき、声が出なかった。

トランクが潰れ、リアバンパーがひしゃげ、テールランプが割れて地面に散らばっていた。

20年間、一緒に走ってきたクラウン。その背中が、めちゃくちゃに壊れていた。

20年間、一緒に走ってきた相棒

あの車を買ったのは、36歳のときだった。

営業の仕事が波に乗り始めた頃。「ちょっとええ車に乗りたい」と思って、初めて新車で買ったクラウン。妻は「贅沢じゃない?」と渋い顔をしたけれど、納車の日は一緒に写真を撮ってくれた。

息子を産院に迎えに行ったのも、この車だった。チャイルドシートを後部座席に取り付けて、帰り道、あまりにも緊張して時速30キロで走ったことを覚えている。

家族で宮島に行った。しまなみ海道を走った。息子の少年野球の送り迎え。年末年始の帰省。夫婦喧嘩の後、一人でドライブして頭を冷やした夜。

20年間、この車と一緒に走ってきた。走行距離は18万キロを超えていた。あちこちガタが来ていたけれど、ちゃんと整備して、大事に乗ってきた。

「まだまだ走れるけぇ」

いつも、そう思っていた。

ディーラーで言われた「修理費120万円」と「修復歴」

事故後、レッカーでディーラーに運ばれた車を見に行った。

担当者が、見積もりを出してくれた。

「寛さん、修理費用は約120万円になります」

「120万……」

相手の保険で賄える部分もあるけれど、全額は難しいかもしれないと言われた。

さらに、担当者がもう一つ、言いにくそうに付け加えた。

「修理しても、修復歴がつきます。将来、売却されるときに大きく値下がりする可能性があります」

修復歴。骨格(フレーム)部分に損傷があって修理した車に付く記録。一度ついたら消えない。売るときに査定額が2〜3割、場合によっては半額以下になる。

120万円かけて直しても、車の価値は大幅に下がる。しかも、フレームが歪んだ車は、走行中に不具合が出るリスクもある。

「じゃあ、廃車にするしかないんですか」

「それも一つの選択肢です。ただ、廃車にする場合もリサイクル料や解体費用がかかります」

修理しても損。廃車にしてもお金がかかる。

どちらを選んでも、報われない気がした。

駐車場に通った一週間

答えが出せないまま、一週間が過ぎた。

あなたは毎日、仕事帰りにディーラーの駐車場に寄って、壊れたクラウンを見に行った。

ボンネットを撫でた。フロントは無傷だった。ヘッドライトはいつも通り、きれいに光っている。前から見たら、何も変わっていない。

でも、後ろに回ると、現実が待っている。

潰れたトランク。ひしゃげたバンパー。割れたテールランプ。

妻に言われた。

「あんた、毎日あの車見に行きよるん?そろそろ決めんといけんよ」

わかっている。でも、決められなかった。

20年間の思い出が、あの車に詰まっている。スクラップにするのは、思い出をプレス機で潰すのと同じ気がした。

「事故車を買い取ってくれる会社がある」と知った夜

ある夜、布団の中でスマホを触っていた。

「事故車 廃車以外の方法」

そう検索してみた。

すると、「事故車買取」という言葉が出てきた。

事故車を専門に買い取る会社があるらしい。廃車ではなく、買い取り。つまり、お金がもらえる。

「壊れた車に、値段がつくんか?」

信じられなかった。でも、調べていくと仕組みがわかった。

事故車を買い取って、海外に輸出する。海外では日本車の需要が高く、事故車でも現地で修理して再販できる。大きく壊れた車でも、使えるパーツを取り出して部品として販売する。だから、廃車にするしかないと思っていた車にも値段がつく。

累計140万台の取扱実績。創業25年以上。全国19拠点。24時間365日受付。査定もレッカーもすべて無料。

「廃車にしたら、解体費用を払ってスクラップ。でも、ここに売ったら、お金がもらえて、車は海外で誰かに使ってもらえる……」

スクラップではなく、次の誰かに届く。

その事実が、胸にすとんと落ちた。

寛が見つけたのは、このサービスだった

※査定・レッカー代すべて無料。24時間365日受付

査定員が来た日、予想外の金額が出た

翌日、電話をかけた。

対応してくれたスタッフは、丁寧だった。事故の状況、車の状態、年式、走行距離を聞かれて、すぐに査定の日程が決まった。

3日後、査定員がディーラーの駐車場に来てくれた。40代くらいの男性で、車をじっくり見てくれた。リアの損傷だけでなく、エンジンルーム、足回り、内装まで丁寧にチェックしていった。

「寛さん、この車、大事に乗られとったんですね。整備記録もしっかりしとるし、エンジンの状態がとてもええです」

20年間、毎年欠かさず車検と点検を受けてきた。オイル交換も定期的にやってきた。その積み重ねが、評価された。

査定額が提示された。

ディーラーで「廃車にするしかない」と言われた車に、思っていた以上の金額がついた。

「この金額で買い取らせていただけますか?」

あなたは、少し迷った。

金額の問題じゃなかった。手放すことへの、気持ちの問題だった。

「……この車、海外に行くんですか」

「はい。修理して、現地で大切に使ってもらえます」

「そうですか」

あなたは、うなずいた。

引き取りの日、最後にハンドルを握った

引き取りの日、レッカー車が来る前に、あなたは運転席に座った。

エンジンはかからない。でも、ハンドルを握った。

このハンドルを、20年間握ってきた。36歳の自分が初めて握ったときの、あの高揚感を覚えている。

息子を産院から連れ帰った日。宮島へのドライブ。しまなみ海道。家族の笑い声。妻と喧嘩した夜の、一人きりの国道。

全部、この運転席から見た景色だった。

ハンドルから手を離した。

車を降りて、最後にボンネットに手を置いた。

「ようがんばったのう。お疲れさん」

レッカー車に載せられたクラウンが、ゆっくりと走り出した。テールランプは割れたまま、もう光らない。でも、フロントのヘッドライトは、朝日を受けてきらりと光った。

この車はスクラップにはならない。海を渡って、どこかの国で、新しい持ち主と走り出す。

それが、20年分の「ありがとう」への、一番いい答えだった気がした。

もしあなたが、壊れた愛車の前で立ち尽くしているなら

事故に遭った。愛車が大破した。ディーラーに持っていったら、修理費が高すぎる。修復歴がつく。廃車を勧められた。

でも、長年乗ってきた車をスクラップにするのは忍びない。

もしそんなあなたがいるなら、「廃車」以外の選択肢があることを知ってほしい。

事故車を専門に買い取る会社がある。廃車にすればお金がかかるけれど、買い取ってもらえばお金が手に入る。しかも、車は海外で修理されて、次の持ち主のもとで走り続ける。

査定は無料。レッカー代も無料。24時間受付で、全国どこからでも対応してくれる。

廃車にする前に、一度だけ、査定額を確認してみてほしい。思っていた以上の金額がつくかもしれない。そして、あなたの愛車が、スクラップではなく、次の誰かのもとへ届くかもしれない。

愛車を、次の誰かに届ける方法がある

※累計140万台の実績。廃車にする前に一度相談を

ディーラーの駐車場で、壊れたクラウンのボンネットを毎日撫でていた一週間。

あの日の自分に伝えたい。「この車は、まだ終わりじゃないよ」と。

56歳。愛車との別れ方にも、選び方がある。スクラップにして終わらせるのではなく、次の誰かの元へ届ける。それが、20年分の思い出への、最後の敬意だった。