久美子(くみこ)、53歳。大阪府在住。20年間パートで事務の仕事をしてきたが、会社の業績悪化でパート契約が終了になった。子どもは独立済み。夫(56歳・会社員)と二人暮らし。次の仕事を探しているが、53歳で事務職の求人はほとんどない。ハローワークに通っても「年齢的に厳しい」と言われる。そんなとき、近所に住む友人が介護の仕事を始めたと聞いた。「資格がなくても始められるよ」と言われたが、「介護なんて、体力的に無理やろ」と不安で踏み出せない。
「久美子さん、来月末で契約終了になります」
上司からそう告げられたのは、3月の初めだった。
20年間、同じ会社で事務のパートをしてきた。請求書の処理、電話対応、書類の整理。毎日同じことの繰り返しだったけれど、それが生活の一部になっていた。朝9時に出勤して、15時に帰る。夕方に夕食の買い物をして、夫が帰る前に食卓を整える。20年間、ずっとそのリズムで暮らしてきた。
それが、終わる。
会社の業績が悪化して、パートの契約更新が見送られた。久美子だけではない。同じ部署のパートが3人とも契約終了になった。
上司は申し訳なさそうに頭を下げたけれど、あなたは「大丈夫です」と笑った。
大丈夫じゃなかった。
53歳、事務職の求人はほとんどなかった
退職してすぐ、ハローワークに通い始めた。
事務職を探した。20年の経験がある。ExcelもWordも使える。電話対応も得意だ。パソコンの基本操作なら、若い人にも負けない。
でも、現実は厳しかった。
事務職の求人は、ほとんどが「35歳まで」「40歳まで」。年齢制限のない求人は、応募者が殺到していて、書類選考で落とされる。
ハローワークの窓口で、担当者にこう言われた。
「事務職はかなり競争率が高くて……。正直、年齢的に厳しいかもしれません」
わかっていた。53歳の事務パートを、わざわざ新しく雇う会社は少ない。20年の経験があっても、「若い人のほうが長く働ける」と判断される。
帰り道、スーパーの駐車場に車を停めて、ハンドルを握ったまま、しばらく動けなかった。
「私、これからどうしたらええんやろ」
「何もしていない自分」が、一番つらかった
退職から2ヶ月が経った。
夫は何も言わなかった。「ゆっくり探したらいいよ」と言ってくれた。でも、あなたにとっては、その優しさがかえって苦しかった。
毎朝、夫が出勤した後、一人で家にいる。掃除をして、洗濯をして、テレビを見て、昼食を食べて、また求人サイトを見て。
何もしていない自分が、情けなかった。
20年間、毎朝決まった時間に家を出て、仕事をして、お金を稼いでいた。それが、生活にリズムと意味を与えてくれていた。
その「意味」が、なくなった。
友人には「のんびりしたらいいやん」と言われた。でも、のんびりするのが怖い。のんびりし続けて、気がついたら60歳になっていて、もうどこにも働く場所がない——。そんな未来が、頭をよぎる。
友人の一言が、頭から離れなかった
ある日、近所に住む友人の美穂と、いつものカフェでランチをしていた。
美穂は同い年の53歳。去年まで、あなたと同じようにパートで働いていた。でも今は、介護の仕事をしているという。
「えっ、介護?美穂が?」
「そうやねん。最初は私も無理やと思ってたけど、やってみたら全然違った」
「でも、資格とかいるんちゃうの?」
「資格なしでも始められるところ、いっぱいあるよ。私もゼロから始めたもん」
美穂は、デイサービスで働いていた。週4日、パートで。利用者さんの食事の手伝いや、レクリエーションの運営、送迎の付き添い。
「体力的にきつくない?」
「そりゃ最初はしんどかったよ。でもな、おじいちゃんおばあちゃんが『ありがとう』って言ってくれるの。事務の仕事で、面と向かって『ありがとう』って言われたこと、あった?」
なかった。20年間、請求書を処理して、電話を取って、書類を整理して。誰かに「ありがとう」と言われた記憶がない。
「久美子もやってみたらええのに。向いてると思うで」
帰り道、美穂の言葉が頭から離れなかった。
「介護の仕事」への偏見が、少しずつ溶けていった
正直、介護の仕事に対して、あなたには偏見があった。
「きつい、汚い、給料が安い」。そんなイメージが頭にこびりついていた。若い人がやる仕事、他に選択肢がない人がやる仕事。自分には関係のない世界だと思っていた。
でも、美穂が楽しそうに話す姿を見て、少し気持ちが揺れた。
その夜、スマホで「介護 未経験 50代」と検索してみた。
驚いた。
50代から介護業界に入る人が、こんなに多いとは思わなかった。子育てが終わった女性、早期退職した男性、定年後のセカンドキャリアとして。「人生経験が活きる仕事」として、50代を積極的に採用している施設も多い。
無資格・未経験でも始められる求人がたくさんあった。働きながら資格を取れる制度がある施設もあった。
そして何より、介護の仕事は「人手不足」だった。事務職のように「年齢で落とされる」世界ではない。53歳でも、55歳でも、60歳でも、必要とされている。
「私でも、必要としてもらえるんや」
その感覚が、2ヶ月間止まっていた心を、少しだけ動かした。
介護専門の求人サイトを見つけた夜
さらに調べていくと、介護専門の求人紹介サービスがあることを知った。
医師が立ち上げた会社が運営していて、全国26拠点。介護業界に詳しい専門のスタッフが、一人ひとりの希望に合った職場を紹介してくれる。
働き方も選べた。正社員、パート、派遣、単発バイト。1日だけの単発もあるし、週2〜3回のパートもある。いきなりフルタイムで働く必要はない。
「まず1日だけ、試してみる」ということもできる。
職場の雰囲気や人間関係、残業の有無まで事前にリサーチして教えてくれるという。「行ってみたら全然違った」という失敗を防いでくれる。
「1日だけ試せるなら、ハードル低いな」
久美子が見つけたのは、このサービスだった
※無料会員登録。無資格・未経験OKの求人も多数
最初の1日、帰り道に涙が出た
登録して、担当のスタッフと電話で話した。
「久美子さん、介護は初めてなんですね。大丈夫ですよ。まずは1日体験のような形で、デイサービスの補助をやってみませんか」
紹介されたのは、自宅から電車で20分のデイサービスだった。
当日の朝、緊張で手が震えた。制服に着替えて、施設に入った。
最初にやったのは、利用者さんの朝の受け入れ。車椅子の方をフロアまで案内する。「おはようございます」と声をかける。
80代のおばあちゃんが、あなたの顔を見て言った。
「あら、新しい人やね。よろしくね」
午前中は、レクリエーションの手伝い。折り紙と簡単な体操。利用者さんと一緒に折り紙を折った。隣に座ったおじいちゃんが、鶴の折り方を丁寧に教えてくれた。
昼食の配膳を手伝った。食事の介助もやった。スプーンを持つ手が不自由な方に、ゆっくりとおかずを口に運ぶ。
「おいしいわ。ありがとうね」
その一言が、胸に響いた。
午後、帰りの送迎を見送った後、更衣室で着替えながら、涙が出た。
悲しいのではなかった。
2ヶ月間、「誰にも必要とされていない」と感じていた自分が、今日一日、誰かの役に立てた。「ありがとう」と言われた。面と向かって。
帰りの電車の中で、美穂にLINEを送った。
「美穂、今日初めて行ってきた。めっちゃよかった」
美穂からすぐに返事が来た。
「やろ?言うたやん、向いてるって」
「事務の20年」が、意外な形で活きた
週に3回、パートとして通い始めた。
最初は体がきつかった。立ちっぱなしの時間が長い。利用者さんを支える腕の力。中腰の姿勢。事務仕事では使わなかった筋肉が、悲鳴を上げた。
でも、1ヶ月もすると体が慣れてきた。
そして、意外なことに気づいた。
事務職で培った「気配り」が、介護の現場でそのまま活きていた。
利用者さんの表情の変化に気づく。「今日はいつもより元気がないな」「あの方、少し食欲が落ちてる」。書類を丁寧に整理する力は、記録業務に直結した。電話対応の経験は、ご家族への連絡で役に立った。
施設の管理者に言われた。
「久美子さん、目配りが細やかですね。事務の経験がある方って、記録も正確で助かります」
20年間の事務パートは、無駄じゃなかった。畑は違っても、積み上げたものは消えない。
もしあなたが、求人サイトの前でため息をついているなら
仕事を辞めた。次を探しているけれど、見つからない。
事務職は年齢で弾かれる。ハローワークでは「厳しい」と言われた。求人サイトを開いても、53歳の自分に合う仕事がない。
何もしていない自分が、日に日に情けなくなる。
もしそんなあなたがいるなら、知っておいてほしいことがある。
介護の世界は、50代を必要としている。「年齢がネック」ではなく、「人生経験が武器」になる場所がある。無資格でも、未経験でも、始められる。
いきなり正社員になる必要はない。まず1日だけ試してみる。週2回のパートから始めてみる。合わなければ、辞めればいい。
大切なのは、「自分にはもう何もない」と思い込まないこと。
あなたが20年間積み上げてきたものは、思いもよらない場所で、思いもよらない形で活きる。
「次の仕事」は、思いもよらない場所にある
※単発1日〜OK。正社員・パート・派遣から選べる
パートの契約が終わった日、上司に「大丈夫です」と笑ったあの自分。
大丈夫じゃなかった。でも、大丈夫じゃないところから、新しい道は始まった。
53歳。「ありがとう」と言われる仕事が、あなたを待っている場所がある。

