哲夫(てつお)、57歳。千葉県市原市在住。自動車部品メーカーの品質管理課長。妻の幸代(55歳)と二人暮らし。息子(29歳)は独立。築28年の戸建てに住んでいる。
雨の日だった。日曜日の午後、居間で幸代と二人でテレビを見ていた。
ふと、天井の隅が目に入った。薄い茶色のシミが、じわりと広がっていた。昨日までは気づかなかった。いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
幸代も同じところを見ていた。「前から言ってたでしょ」とは言わなかった。ただ、天井を見ていた。哲夫も天井を見ていた。二人とも、テレビの音だけが流れる居間で、天井の隅を見上げていた。
外では、雨樋からずれた水が、ぽたぽたとコンクリートに落ちていた。あの音を、哲夫は何ヶ月も聞いていた。
工場では0.01mmも見逃さないのに
哲夫は自動車部品メーカーの品質管理課長を35年やってきた。出荷する部品に0.01mmの誤差があれば、ラインを止める。傷が一本あれば、ロットごと検査し直す。「見逃さない」ことが、哲夫の仕事だった。
でも、自分の家のことは見逃してきた。
去年の秋の台風で、雨樋がずれた。外壁にヒビが入った。庭に出て見上げれば、すぐにわかる。でも哲夫は見なかった。幸代が「雨樋、曲がってない?」と言ったとき、「今度の休みに見るよ」と答えた。次の休みが来ても見なかった。その次の休みも見なかった。それから半年が過ぎた。
雨樋はずれたまま、外壁のヒビはそのまま、そして今日、天井にシミが出た。
28年間、この家で暮らしてきた
この家を建てたのは、哲夫が29歳のときだった。息子が1歳。幸代が27歳。市原の住宅街に、小さな建売を買った。庭に柿の木が一本あった。幸代が「この木がいいね」と言って、この家に決めた。他にも候補はあった。駅に近い物件もあった。でも幸代は柿の木のある家がいいと言った。哲夫は「柿の木で決めるのか」と笑ったけれど、幸代が笑っている顔を見て、ここでいいと思った。
28年間、この家で暮らしてきた。息子がハイハイした廊下。幸代がカレーを作った台所。哲夫が晩酌をした居間。柿の木は大きくなって、秋になると実をつけた。近所の子供たちが「柿もらっていいですか」と来た。幸代が「どうぞどうぞ」と袋を持って庭に出た。哲夫が脚立に登って柿を取った。幸代が下で袋を広げて待っていた。毎年の秋の風景だった。
家は古くなった。28年も経てば、あちこちが傷む。わかっていた。でも修理には金がかかる。屋根の修理、外壁の塗り直し、雨樋の交換。見積もりを取る気にもならなかった。自分の家のことは、後回しにしてきた。工場の部品には0.01mmの精度を求めるくせに。
幸代が、ぽつりと言った
天井のシミを見上げたまま、幸代がぽつりと言った。「火災保険って、台風の被害にも使えるらしいよ」
哲夫は「え?」と聞き返した。火災保険は火事のときに使うものだと思っていた。幸代は「パート先の田中さんが、去年使ったって。台風で屋根が傷んで、保険で直したって」と言った。
哲夫は黙って、天井のシミを見ていた。火災保険は毎年払っている。28年間、一度も使ったことがない。使えることすら知らなかった。毎年の保険料は口座から自動で引き落とされていて、明細を確認することもなくなっていた。払っているだけで、中身を見ていなかった。家と同じだった。
その夜、哲夫は居間のテーブルでスマホを開いた。「火災保険 申請 台風」と検索した。いくつかのページを見ていくうちに、火災保険の申請をサポートしてくれる窓口に辿り着いた。調査は無料。完全成果報酬で、給付金が下りなければ費用はかからない。自然災害調査士が現地に来て、被害箇所を調査してくれる。
哲夫は画面を見ながら、28年間一度も使わなかった保険のことを考えていた。毎年払ってきた保険料。使えるものなら、使いたい。この家を、もう少し持たせたい。
哲夫が辿り着いたのは、ここだった
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庭に出て、初めて屋根を見上げた
次の日の朝、哲夫は庭に出た。まだ露が残っていて、サンダルの底が湿った。上を見上げた。雨樋が、確かにずれていた。留め具が外れて、一箇所だけ傾いている。その下の外壁に、細いヒビが走っていた。去年の台風のあとからだった。朝の光の中で見ると、ヒビは思っていたより長かった。
品質管理の目で見れば、一目でわかった。ヒビの方向、樋のずれ方、シーリングの劣化。工場の部品なら、とっくに不良品として弾いている。それを半年間、「まだ大丈夫だろ」で通してきた。
哲夫は庭から家を見上げて、少し恥ずかしくなった。35年間、製品の品質を守ってきた男が、自分の家だけは守れていなかった。
台所の窓から、幸代が哲夫を見ていた。哲夫が庭に出て屋根を見上げていることに、幸代は少し驚いた顔をしていた。それから、ふっと笑った。
もしあなたも、家の傷みを後回しにしているなら
築20年を超えた家なら、台風や雪による被害が出ていても不思議ではない。雨樋のずれ、外壁のヒビ、屋根の傷み。「経年劣化だろう」と思って放置していても、実は自然災害による被害として火災保険の対象になることがある。
火災保険の申請サポートを利用すれば、専門の調査員が自宅に来て無料で調査してくれる。被害箇所が見つかれば申請をサポートしてもらえるし、給付金が下りなければ費用は一切かからない。申請期限は被害発生から3年以内。もし心当たりがあるなら、早めに相談しておいた方がいい。
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夕方、哲夫は居間に戻って、幸代が淹れたお茶を飲んだ。天井のシミは、まだそこにあった。
幸代が「直せそう?」と聞いた。哲夫は「ちょっと調べてみる」と答えた。幸代は「やっとその気になった」とは言わなかった。ただ「そう」と言って、自分のお茶を飲んだ。
28年前、この家を選んだのは幸代だった。庭の柿の木を見て、「この木がいいね」と笑った。あれから28年。柿の木は大きくなった。家は古くなった。でも、ここで暮らしてきた28年間は古くならない。息子がハイハイした廊下も、幸代がカレーを作った台所も、哲夫が脚立に登って柿を取った秋の午後も。
哲夫は天井のシミを見上げた。今度は、見て見ぬふりをしなかった。この家を、もう少し守っていく。柿の木が実をつける秋が、また来る。

