55歳、28年間で何百枚もの婚姻届を受け取った。来年定年。今度は「届ける側」の仕事がしたい。

登場人物

恵子(けいこ)、55歳。熊本県熊本市在住。夫と二人暮らし。28年間、市役所の市民課で窓口業務をしてきた。来年3月に定年退職する。婚姻届を受け取るたびに「おめでとうございます」と声をかけるのが、この仕事で一番好きな瞬間だった。

市役所の窓口に、若いカップルが立っている。

婚姻届を両手で差し出す男性の指が、かすかに震えていた。隣の女性が、その手をそっと肘で突いた。二人とも、少し照れた顔をしている。恵子は書類を受け取って、記入漏れがないか確認して、「おめでとうございます」と声をかけた。二人の顔がぱっと明るくなった。男性が「ありがとうございます」と深くお辞儀をして、女性が目を潤ませた。

28年間、この窓口に座ってきた。何百枚もの婚姻届を受け取った。毎回、同じ言葉を言う。「おめでとうございます」。でも、一度も飽きたことがなかった。

28年間、窓口の向こう側にいた

市役所に入ったのは27歳のときだった。市民課に配属されて、最初は住民票や戸籍謄本の発行をしていた。婚姻届の受付を初めて担当したのは、2年目の春だった。若い女性が一人で来た。相手は仕事で来られないのだと言った。恵子が書類を確認して「おめでとうございます」と言ったとき、その女性が「ありがとうございます」と笑って、少しだけ泣いた。あの日から、恵子はこの仕事が好きになった。

婚姻届を出す人の顔は、みんな少しだけ似ている。緊張と照れと、それから言葉にならない嬉しさが混ざった顔。二人で来る人もいれば、一人で来る人もいる。代理で親が来ることもある。どんな形でも、あの書類をこの窓口に出す瞬間は、その人にとって人生の節目だった。恵子はその節目に、28年間立ち会ってきた。窓口の向こう側から。

来年3月、この窓口を離れる

来年の3月で、定年になる。55歳の今、あと1年。カレンダーを見るたびに、残りの月が減っていく。この窓口に座れるのは、あと何回の婚姻届だろう。数えたことはない。でも最近、受け取るたびに、指先に少しだけ力が入るようになった。

退職後のことを考えると、不安と楽しみが半分ずつある。年金はある。夫の退職金もある。暮らしていけないわけではない。でも、毎朝起きて、どこにも行かなくていい日が続くのを想像すると、胸のあたりがざわつく。28年間、毎朝同じ時間に家を出て、同じ窓口に座って、「おめでとうございます」と言ってきた。その繰り返しがなくなったとき、自分に何が残るのか。

夫に相談した。「退職したら、何かしたいんよね」。夫はテレビを見ながら「好きにすればいいよ」と笑った。好きなこと。28年間、好きだったこと。人の人生の節目に立ち会って、「おめでとう」と言うこと。それが一番好きだった。

テレビの中で、泣いているカップルがいた

ある夜、テレビをつけたら、結婚相談所のドキュメンタリーが流れていた。50代の女性がオーナーをしている小さな相談所。自宅の一室で、婚活中の男女のカウンセリングをしている。お見合いの日程を調整して、交際をフォローして、プロポーズの相談に乗って。

番組の終盤、成婚したカップルがオーナーのもとに報告に来ていた。女性が泣いていた。男性が隣で照れた顔をしていた。オーナーの50代の女性も、もらい泣きしていた。

恵子はリモコンを握ったまま、画面から目が離せなかった。あの顔だ。婚姻届を出すときの、あの顔。緊張と照れと、言葉にならない嬉しさが混ざった顔。あの顔に、窓口ではなく、もっと近い場所で立ち会える仕事がある。婚姻届を「受け取る」のではなく、婚姻届を「出す人」を作る仕事がある。

テレビが終わったあとも、しばらくソファに座っていた。胸の中で何かが動いていた。怖さではなく、懐かしさに似た何かだった。28年前、初めて婚姻届の受付を担当した日、あの若い女性が「ありがとうございます」と泣いた瞬間に感じたのと、同じものだった。

「結婚相談所 開業 50代」と検索した夜

その夜、布団の中でスマホを開いた。「結婚相談所 開業 50代」と打った。55歳からでも始められるのか。経営の経験なんてない。パソコンも得意じゃない。資格も持っていない。

検索結果の中に、結婚相談所の開業を支援している会社があった。未経験からの開業が9割以上。自宅でできる。店舗はいらない。研修やサポートが充実している。1日2〜3時間の副業から始めることもできる。開業の前に、無料の相談会がある。

恵子が一番長く見ていたのは、先輩オーナーの声だった。「人の幸せに関われる仕事です」。「ありがとうと言ってもらえる仕事です」。28年間、窓口で聞いてきた言葉と同じだった。場所が変わるだけで、やることは同じなのかもしれない。人の人生の節目に立ち会って、「おめでとう」と言う。

恵子が見つけたのは、ここだった

※無料の開業相談会。未経験OK

相談会で、恵子は自分の話をした

無料の開業相談会に申し込んだ。オンラインで、画面の向こうに担当者の顔が映った。恵子は自分の話をした。市役所で28年間働いてきたこと。婚姻届の受付が好きだったこと。来年定年になること。退職後に、人の幸せに関われる仕事がしたいこと。

担当者は丁寧に聞いてくれた。恵子の経験は強みになると言ってくれた。28年間、人と向き合ってきた窓口の仕事。相手の話を聞いて、必要な情報を伝えて、手続きをサポートする。結婚相談所の仕事も、根っこは同じだと。

パソコンが苦手だと伝えると、スマホだけでも運営できるシステムがあると教えてくれた。研修は何度でも受けられる。わからないことはいつでも相談できる。同じように50代から始めた先輩オーナーがたくさんいる。

相談会が終わったあと、恵子は画面を閉じて、しばらく椅子に座っていた。怖さはあった。でもそれ以上に、あの顔にもう一度会いたいと思った。婚姻届を出すときの、あの照れた顔。あの顔を、今度は自分が作る。窓口の向こう側ではなく、こちら側で。

もしあなたも、定年後に「もう一度」と思っているなら

定年が近づいている。退職後に何かしたい気持ちはあるけれど、何をすればいいかわからない。大きな投資をする勇気はない。でも、人と関わる仕事がしたい。誰かの「ありがとう」が聞ける仕事がしたい。もしそんなあなたがいるなら、一歩目は情報を集めることから始まる。

「おめでとう」を、もう一度言える仕事がある

※自宅開業OK。資格不要。50代からのスタートも多数

翌朝、恵子はいつもの時間に家を出た。市役所までの道を、自転車で走る。熊本城の石垣が朝日を受けて白く光っていた。28年間、毎朝通った道。この道を通るのも、あと1年。

窓口に座った。午前中、婚姻届を持ったカップルが来た。若い二人だった。男性が書類を差し出して、女性が隣でそわそわしている。恵子は書類を受け取って、確認して、いつもの言葉を言った。

「おめでとうございます」

二人の顔が、ぱっと明るくなった。あの顔。28年間、何百回も見てきた顔。この顔を見るのが、一番好きだった。

来年の3月、この窓口を離れる。でも、「おめでとう」を言う仕事は、終わらないかもしれない。場所が変わるだけ。届ける人が変わるだけ。あの顔は、きっとまた目の前に現れる。