56歳、固定資産税が払えない。母が残した築45年の家に、3年間お金だけを払い続けた。

登場人物

寛(ひろし)、56歳。大阪府堺市在住の会社員。3年前に母が亡くなり、松原市にある築45年の実家を相続した。誰も住んでいない。帰る用事もない。でも毎年4月になると届く、固定資産税の通知書。払い続けている。古すぎて売れないと思い込んでいた。

4月になると、届く。

市役所からの茶色い封筒。中を開けなくても何が入っているかはわかっている。固定資産税の納税通知書。寛はダイニングテーブルの上にその封筒を置いて、しばらく開けなかった。朝のコーヒーを淹れて、一口飲んでから、ようやく封を切った。金額を見た。去年とほぼ同じだった。わかっていた。わかっていたけれど、数字を目の前に突きつけられると、やはり胸が重くなった。

この家は、母のものだった。

母が暮らした家、誰も帰らなくなった家

松原市の住宅街にある、築45年の木造一軒家。母はここで40年近く暮らした。父が早くに亡くなってからは、一人で。庭の植木に水をやり、近所の人と立ち話をして、夕方になると台所でラジオを聴きながら夕飯の支度をしていた。

3年前、母が亡くなった。83歳だった。穏やかな最期だった。

葬儀が終わり、四十九日が過ぎ、遺品整理がひと段落した頃、寛は実家の鍵を閉めた。それ以来、ほとんど帰っていない。堺の自宅から松原まで車で20分ほどの距離だけれど、帰る理由がなかった。

帰る理由はないのに、届くものがあった。固定資産税の通知書。毎年、4月。

固定資産税が、払えなくなってきた

最初の年は、仕方がないと思った。母の家だから。まだ気持ちの整理もついていないし、いつか何とかしようと思っていた。

2年目も、払った。「来年こそ考えよう」と思いながら。

3年目の今年、通知書を開けたとき、初めて「払えない」という言葉が頭をよぎった。金額が上がったわけではない。自分の懐が急に苦しくなったわけでもない。ただ、この先もずっとこの金額を払い続けるのかと思ったとき、気持ちの方が先に折れた。

誰も住んでいない家。帰る予定もない家。庭の草は伸び放題で、この前近所の方から「草がうちまで来てるんやけど」と電話があった。慌てて業者を呼んで草刈りをしてもらった。その費用も、自分の財布から出た。

固定資産税。草刈り代。火災保険。水道の基本料。誰も住んでいない家が、毎年お金だけを吸い取っていく。

「こんな古い家、売れるわけないやろ」

妻の恵子に相談した。「あの家、どうしよかな」。恵子は少し考えてから、「売ったらええんちゃう」と言った。

「こんな古い家、売れるわけないやろ。築45年やで」

「わからへんやん、聞いてみんと」

恵子の言うことはいつも正しい。でも寛は、聞くのが怖かった。「この家は値段がつきません」と言われるのが怖かった。母が40年暮らした家に、値段がつかないと言われたら、それは母の40年に値段がつかないと言われるのと同じ気がした。

だから、また先延ばしにした。通知書をテーブルの引き出しにしまって、見なかったことにした。

「固定資産税 払えない」で検索した夜

その夜、布団の中でスマホを開いた。「固定資産税 払えない」と打ち込んだ。

同じような人が、たくさんいた。親から相続した家。住む予定がない。売りたいけれど古い。でも固定資産税は毎年届く。自分だけじゃなかった。この茶色い封筒に胸を重くしている50代が、日本中にいた。

さらに調べていくと、古い家でも売却できる不動産会社があることを知った。地域に密着していて、築年数が古くても、リフォームを提案して買い手を見つけてくれるところがあるらしい。しかも査定は無料。買い手が見つからなくても、自社で買い取ってくれる場合もある。

「値段がつかない」と決めつけていたのは、自分だった。誰にも聞かずに、勝手に諦めていた。

寛が相談したのは、ここだった

※対応エリア:大阪府・福岡県

査定の日、母の家に3年ぶりに入った

無料査定を申し込んだ。数日後、担当者と一緒に松原の実家に向かった。3年ぶりに鍵を開けた。

玄関のドアを開けると、閉め切った家の匂いがした。かび臭い、と思った。でもその奥に、かすかに母の匂いが残っていた。靴箱の上に、母が生けていた造花がそのまま置いてあった。埃をかぶっていた。

担当者が家の中を見て回った。壁を確かめ、床を歩き、天井を見上げ、水回りをチェックした。丁寧だった。「ここは状態がいいですね」「この梁、しっかりしてますね」。一つひとつ、確かめるように見てくれていた。

母の家を、「古い家」ではなく「まだ価値がある家」として見てくれている。それだけで、胸の奥が少し温かくなった。

査定額が出た。思っていたより、ずっと値段がついた。「この立地なら、リフォームすれば買い手はつきますよ」と担当者が言った。

寛は、しばらく黙っていた。「値段がつかない」と思い込んで、3年間先延ばしにしていた自分が少しだけ悔しかった。でもそれ以上に、母の家に値段がついたことが、うれしかった。

もしあなたが、固定資産税の通知書を開けるのがつらいなら

親から相続した家がある。住む予定はない。古すぎて売れないと思っている。でも固定資産税は毎年届く。草刈り代も、火災保険も。誰も住まない家が、お金だけを吸い取っていく。

もしそんなあなたがいるなら、一つだけ伝えたい。「売れない」と決めつけているのは、あなた自身かもしれない。寛もそうだった。誰にも聞かず、3年間先延ばしにしていた。

査定は無料。金額を知ったからといって、すぐに売る必要はない。でも、金額を知れば、「いつか」が「今年中に」に変わるかもしれない。

あの通知書が届くたびに重くなるなら

※対応エリア:大阪府・福岡県

実家の玄関の靴箱の上に、母の造花があった。埃をかぶっていた。寛はそれを持ち帰って、自宅の玄関に飾った。

恵子が「あら、お義母さんの」と言って、造花の埃を拭いてくれた。

松原の家は、これから新しい人が住むことになる。母が40年間水をやった庭の植木は、次の持ち主が手入れしてくれるだろう。

56歳。母の家を手放すことは、母の記憶を手放すことではなかった。造花は今、寛の家の玄関で、静かに咲いている。