克也(かつや)、55歳。長野県軽井沢町在住。製造業の品質管理部門で働いている。妻と二人暮らし。息子の航(わたる、27歳)は東京で就職して3年になる。5年前に買ったミニバンが車庫に眠っている。もう半年、ほとんど動かしていない。売りたい気持ちはある。でも、一括査定に申し込んだら電話が鳴りまくると聞いて、ずっと避けていた。
車庫の明かりをつけた。
ミニバンのボンネットに、うっすら埃が積もっている。指で触れると、線が残った。最後にちゃんと走らせたのがいつだったか、もう思い出せない。エンジンをかけた。低く震える音が車庫に響いて、排気口から白い息が出た。バッテリーが上がらないように月に一度だけ回す。それがこの車との、今の付き合い方だった。
家族3人で乗っていた頃
このミニバンを買ったのは、5年前だった。息子の航がまだ大学4年で、就職が決まった春に買い替えた。航が東京に出たら、帰省のたびに駅まで迎えに行って、家族3人で乗る。そのために3列目のある車にした。
最初の年末、軽井沢駅まで航を迎えに行った。改札から出てくる息子は、半年でずいぶん大人びた顔になっていた。後部座席に荷物を放り込んで、「腹減った」と言う航を乗せて走った。落葉松の枝が冬の空に細い線を引いていて、カーナビの温度計はマイナス3度を示していた。妻が助手席で「寒いね」と言って、航が後ろから「暖房もっと上げて」と笑った。
2年目も、3年目も、年末と盆には航が帰ってきた。駅に着くと、克也はいつもロータリーの同じ場所に車を止めて待っていた。航が改札から出てくるのを見つけると、クラクションではなく、窓を少し開けて手を振った。克也は昔から、大きな音や声が苦手だった。
息子が帰ってこなくなった年
去年の正月、航は帰ってきた。でもそれ以来、帰省していない。盆は「仕事が忙しい」。年末は「友達と旅行に行く」。27歳、そういう時期だ。わかっている。引き止める理由もない。
妻は軽自動車で買い物に行く。克也は会社まで自転車で15分。ミニバンに乗る用事が、なくなった。3列目のシートは畳まれたまま、もう1年以上広げていない。後部座席には航が置いていったブランケットが、たたまれてそのまま残っている。
妻が言った。「あの車、どうするの。維持費だけかかってるよね」。わかっている。自動車税、任意保険、車検。乗らない車に年間20万円以上払っている計算になる。頭ではわかっている。でも、売るとなると、別の問題があった。
電話が、怖い
克也は電話が苦手だった。
仕事では必要に迫られて出る。でも、知らない番号からの着信は出ない。留守番電話が入っていても、折り返すまでに30分かかる。何を言われるかわからない相手に声を出すのが、昔から苦手だった。会社では「克也さんは寡黙だから」で通っている。寡黙なのではない。ただ、電話が怖いだけだ。
車の一括査定は、前から知っていた。ネットで車種と年式を入れると、複数の買取業者から見積もりが届く。便利だと思う。でも、ネットの口コミを見ると、「申し込んだ瞬間に電話が20件鳴った」「着信が止まらなくて怖かった」。そんな書き込みがいくつもあった。
20件。想像しただけで、胸のあたりが重くなった。
売りたい気持ちと、電話が怖い気持ち。その板挟みのまま、半年が過ぎていた。
「電話を使わず」という言葉が目に入った夜
ある夜、布団の中でスマホを開いた。「車 査定 電話なし」と打った。克也にとって、検索は電話より何倍も楽だった。文字なら、自分のペースで読めるし、考える時間がある。
検索結果の中に、「電話を使わず高く売る」という言葉があった。
やり取りはすべてアプリ内のチャットで完結する。買取店に電話番号を教える必要がない。いきなり電話がかかってくることもない。査定の日時と場所は自分で事前に指定できるから、業者ごとに日程を調整する手間もない。
査定金額もチャットのメッセージで届く。口頭ではなく、文字で残る。気に入らなければ断れるし、しつこい営業にはブロック機能がある。
克也は、その画面をしばらく見ていた。電話が来ない。それだけのことが、半年間動けなかった自分の背中を、静かに押していた。
克也が見つけたのは、電話のかかってこない査定だった
※やり取りはすべてチャット。電話番号を教える必要なし
チャットの画面に、金額が届いた
入力は60秒もかからなかった。車種、年式、走行距離。査定の希望日時と場所を自宅の車庫に指定した。送信ボタンを押した。電話は、鳴らなかった。
翌日、アプリにメッセージが届いた。買取店からの挨拶と、査定日時の確認。文字だった。声ではなく、文字。自分のペースで読んで、自分のペースで返事を打てた。
査定当日、買取店のスタッフが車庫に来てくれた。車の周りをぐるりと見て、エンジンをかけて、走行距離を確認して、30分ほどで終わった。「結果はアプリでお送りしますね」と言って帰っていった。電話番号を聞かれることは、最後までなかった。
その夜、アプリを開いた。チャットの画面に、査定金額が表示されていた。
想像していたより、高かった。5年落ちのミニバンにこれだけの値段がつくのかと思った。克也は画面を見ながら、少し考えた。口頭で言われていたら、その場で判断を迫られていただろう。でもチャットだから、時間がある。妻に見せて、二人で相談して、翌日の夜に「お願いします」と返信した。
もしあなたも、電話が怖くて動けないなら
車を売りたい気持ちはある。でも、一括査定に申し込んだら電話が鳴りまくるのが怖い。知らない番号からの着信を何件もさばく自信がない。そう思って半年、1年と先延ばしにしているなら、一つだけ知っておいてほしい。
電話を使わない査定がある。やり取りはすべてチャット。電話番号を教える必要がない。査定金額も文字で届くから、自分のペースで考えられる。しつこい営業はブロックできる。入力は最短60秒。キャンセルも無料。
車庫の中で静かに待っている車を、次の場所へ
※最短60秒で入力完了。キャンセル無料
ミニバンを手放した週末、車庫が広くなった。妻の軽自動車だけがぽつんと止まっている。壁にかけてあったスタッドレスタイヤ用のフックも、もう要らない。
その夜、航にLINEを送った。「車、売ったよ」。しばらくして既読がついて、返事が来た。「え、あのミニバン?」「うん」「そっか。あの車好きだったな」。
克也はスマホを置いて、窓の外を見た。カラマツの枝の向こうに、冬の星が見えた。静かな夜だった。電話は鳴らない。もう、それが怖いわけでもない。
航が「好きだった」と言ってくれた。あの車はちゃんと、家族の記憶を乗せて走ってくれていた。手放しても、後部座席のブランケットの温もりは、まだ指先に残っている。

