美穂(みほ)、52歳。東京都練馬区在住。出版社の校正担当。夫(54歳)と二人暮らし、息子(25歳)は独立。
金曜日の夕方、スマホが鳴った。
母からだった。声が小さかった。「伯母さんが、今朝」。それだけで、美穂はわかった。母の姉。82歳だった。ここ数年は入退院を繰り返していたけれど、先月会ったときは「もうちょっと頑張るわよ」と笑っていた。梅雨入りの蒸し暑い夕方だった。仕事帰りの電車の中で、美穂はスマホを握ったまま、しばらく窓の外を見ていた。
通夜は明日の土曜日。告別式は日曜日。
クローゼットの喪服は、15年前のものだった
帰宅して、美穂はクローゼットを開けた。奥の方に、ビニールカバーのかかった喪服がある。取り出して、ハンガーから外した。15年前、父の葬儀のときに買ったものだった。
袖を通して、背中のファスナーに手を回した。
上がらなかった。
もう一度、力を入れてみた。途中で止まった。15年前の体型と、今の体型は違っていた。37歳のときに買った服が、52歳の身体に合うはずがなかった。頭ではわかっていた。でもこの喪服のことを、15年間一度も確認しなかった。必要になるとは思わなかった。いや、思いたくなかったのだ。
美穂はクローゼットの前に立ったまま、喪服を手に持って、しばらく動けなかった。
伯母が仕立ててくれた、あの着物のこと
伯母のことを思い出していた。
美穂が7歳のとき、七五三があった。母は当時パートを掛け持ちしていて、着物を用意する余裕がなかった。美穂は友達が着物の話をしているのを聞きながら、自分は洋服でいいやと思っていた。7歳の美穂は、そういうことを我慢できる子供だった。
七五三の1週間前、伯母が家に来た。大きな風呂敷包みを持っていた。開けると、赤い着物が入っていた。「みーちゃんに」と伯母は言った。母は「お姉ちゃん、こんなの」と声を詰まらせた。
伯母が仕立てたのだった。自分のお金で生地を買って、自分の手で縫った。伯母は和裁ができる人だった。美穂のために、こっそり仕立てていた。母にも言わずに。
美穂はその着物を着て、神社でお参りした。千歳飴の袋を持って、伯母と手をつないで歩いた。伯母の手は大きくて、温かかった。「みーちゃん、きれいだよ」と伯母は言った。美穂は恥ずかしくて、伯母の手を強く握った。
あの着物を仕立ててくれた伯母の通夜に、着ていく喪服がない。美穂はクローゼットの前で、目が熱くなった。
「レンタルとかないの?」
夫が居間から来た。美穂がクローゼットの前で立ち尽くしているのを見て、「どうした」と聞いた。美穂は「喪服が入らない」と答えた。声が小さかった。
夫は少し考えて、「レンタルとかないの?」と言った。
美穂は「喪服をレンタル?」と聞き返した。考えたこともなかった。喪服は持っているものだと思っていた。でも持っている喪服が着られないなら、どうすればいいのか。百貨店はもう閉まっている。明日の朝から買いに行く時間もない。通夜は明日の午後だった。
夫がスマホで調べてくれた。喪服のレンタルサービスがあった。バッグもアクセサリーも袱紗も、全部セットで借りられる。16時までの注文で翌日届く。サイズも豊富にある。
美穂は画面をスクロールしながら、少しだけ安心した。間に合うかもしれない。伯母に、ちゃんとした姿で会えるかもしれない。
美穂が見つけたのは、ここだった
※16時までの注文で即日発送・4日間レンタル
届いた箱を開けた朝
土曜日の朝、届いた。白い段ボール箱を開けると、きれいな喪服が入っていた。丁寧にたたまれて、ビニールに包まれていた。取り出して、袖を通した。背中のファスナーに手を回した。
上がった。
鏡の前に立った。ぴったりだった。生地がしっかりしていて、安っぽくなかった。美穂は鏡の中の自分を見て、小さく息をついた。間に合った。
バッグも、パールのネックレスも、袱紗も、全部箱に入っていた。一式揃って、何も自分で用意しなくてよかった。美穂は一つずつ取り出して、テーブルの上に並べた。
伯母の棺の前で
通夜の会場に着いた。伯母の棺の前に、花が並んでいた。写真の中の伯母が、笑っていた。あの大きくて温かい手で、美穂の手を握ってくれた伯母。7歳の美穂に、赤い着物を仕立ててくれた伯母。
美穂は手を合わせた。目を閉じた。涙が出た。
15年前、父の葬儀では泣けなかった。あのときはまだ37歳で、息子の世話と仕事で精一杯で、悲しむ時間がなかった。でも今日は泣けた。52歳になって、人が亡くなることの重さが、前よりも深くわかるようになっていた。
伯母が着物を仕立ててくれたのは、45年前のことだった。あのとき伯母は37歳。今の美穂より若かった。若い伯母が、姪のために、黙って赤い着物を縫っていた。誰にも言わずに、一針一針。その手の動きを、美穂は知らない。でも、あの着物の手触りだけは、45年経った今も覚えている。絹の、少しひんやりした感触。裾に小さな花の刺繍があった。
伯母は最後まで、誰かのために何かをする人だった。見返りを求めず、誰にも言わず、ただ黙って手を動かしていた。美穂が大人になっても、伯母は会うたびに「みーちゃん、元気?」と聞いた。52歳になっても「みーちゃん」だった。
もう「みーちゃん」と呼んでくれる人は、いなくなった。
もしあなたも、急な不幸で喪服が必要になったら
訃報は突然届く。クローゼットの喪服が合わなくなっていることに、そのときになって気づく。百貨店に行く時間もない。明日の通夜に間に合わない。そんな夜に、一人で焦った経験がある人は少なくないと思う。
喪服のレンタルなら、今夜注文して明日届く。サイズも豊富で、バッグやアクセサリーもセットで揃う。大切な人の最後に、ちゃんとした姿で会いに行ける。
急な不幸に、間に合うように
※バッグ・アクセサリー・袱紗もセットでレンタル可能
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通夜から帰って、美穂は喪服を丁寧にたたんで箱に戻した。同梱されていた着払い伝票で、月曜日に返送する。
箱を閉じながら、美穂は思った。今度は、自分に合う喪服をちゃんと持っておこう。でも今日、間に合ってよかった。伯母に、ちゃんとした姿で手を合わせることができた。
夫が台所でお茶を入れてくれていた。「おつかれさま」と言って、湯呑みを渡された。美穂は両手で湯呑みを包んだ。温かかった。伯母の手のことを、また思い出した。大きくて、温かくて、7歳の美穂の手をしっかり握ってくれた手。
「ありがとうね、伯母さん」と、美穂は声に出さずに言った。湯呑みの中で、お茶が小さく揺れていた。

