54歳、冬のガス代14,000円を30年間払い続けてきた。夫が「朝のシャワー、やめようか」と言った夜。

登場人物

孝子(たかこ)、54歳。群馬県高崎市在住。介護施設のパート勤務。夫(56歳)は工場勤務。子供二人は独立。築30年の戸建て、プロパンガス。

検針票を、冷蔵庫のマグネットから外して見た。14,280円。

二人暮らしなのに。孝子はその数字を見つめたまま、しばらく台所に立っていた。毎月来る検針票を、30年間ずっとこうして見てきた。高いな、と思いながら、プロパンガスはこういうものだと思って、そのまま払い続けてきた。

夫の残業がなくなった

夫が帰宅して、夕飯を食べながら言った。「来月から残業がなくなる」

工場の生産ラインが縮小されるのだと。夫は56歳。あと4年で定年だった。残業がなくなれば、月の手取りが5万円ほど減る。孝子のパート収入と合わせても、今までと同じ暮らしは続けられなかった。

夫は「まあ、なんとかなるよ」と言って、味噌汁をすすった。いつも通りの顔をしていた。でも箸を持つ手が、少しだけ力を入れすぎていることに、孝子は気づいていた。

その夜、孝子は布団の中で家計簿を頭の中で開いた。住宅ローンはあと6年。食費はこれ以上削れない。保険は見直したばかり。電気代は節電している。そして、ガス代。毎月12,000円から15,000円。冬は14,000円を超える月もある。二人暮らしで、この金額。

30年間、一度も疑わなかった数字だった。

夫の朝のシャワーは、30年間の日課だった

夫は朝にシャワーを浴びる人だった。工場に行く前、5時半に起きて、まず浴室に入る。10分ほどシャワーの音がして、それから着替えて台所に来る。孝子はその間に弁当を作っている。

シャワーの音が聞こえると、孝子は安心した。今日も夫が元気に動き出した、という合図だった。30年間、毎朝聞いてきた音だった。卵焼きを焼きながら、味噌汁を温めながら、シャワーの水音を聞くのが、孝子の朝だった。子供たちが小さかった頃も、巣立ってからも、この音だけは変わらなかった。

夫は朝のシャワーのことを、一度も「贅沢」だとは思っていなかったはずだ。5時半に起きて、冷えた身体を温めて、工場に向かう。それが夫の日常だった。でも、残業がなくなった夜、夫は初めてそのシャワーを「削れるもの」として見ていた。

残業がなくなると聞いた翌日の夕食後、夫がぽつりと言った。

「朝のシャワー、やめようか。ガス代かかるだろ」

冗談のように言った。でも目は笑っていなかった。夫なりに、家計のことを考えていたのだ。自分の給料が減ることを、自分の小さな贅沢を削ることで補おうとしていた。

孝子は「そんなことしなくていいよ」と言った。夫は「まあな」と答えて、テレビに目を戻した。

でもその夜、孝子は考えていた。夫がシャワーをやめたら、あの毎朝の音がなくなる。30年間の朝の安心が、ガス代のために消える。それは、嫌だった。

プロパンガスは、会社を変えられることを知らなかった

翌日、パートの休憩時間にスマホで「プロパンガス 高い 節約」と検索した。出てきたのは、ガス代の節約術——ではなかった。

プロパンガスは、会社を変えられる。

孝子は知らなかった。30年間、家を建てたときに決まったガス会社を、そのまま使い続けるものだと思っていた。電力会社を選べるようになったことは知っていた。でもガス会社も選べるとは、思っていなかった。

プロパンガスは都市ガスと違って、会社ごとに料金が違う。同じ地域で同じ量を使っていても、会社によって月に数千円の差がつくことがある。家を建てたときに不動産会社が紹介したガス会社を、そのまま30年間使い続けていた。それが当たり前だと思っていた。

孝子は画面をスクロールしていった。無料でガス会社の変更を代行してくれるところがあった。手数料も紹介料もかからない。今のガス料金を入力すると、地域の最安値と比較できるという。変更後も永久に料金を監視してくれて、不当な値上げがあれば対応してくれると書いてあった。

30年間、高いと思いながら何もしなかった。それは怠けていたわけじゃない。変えられることを、知らなかっただけだった。

孝子が調べたのは、ここだった

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検針票の数字が、小さくなっていた

ガス会社の変更手続きは、孝子がやることはほとんどなかった。電話で相談して、今の検針票の数字を伝えて、提案されたガス会社を選んで、あとは向こうが全部やってくれた。前のガス会社への解約連絡も、新しい会社への切り替え工事も、孝子は何もしなかった。面倒だろうと構えていたが、拍子抜けするほど簡単だった。

切り替え工事の日も、孝子が立ち会っただけで、1時間ほどで終わった。蛇口をひねると、お湯が出た。前と何も変わらなかった。変わったのは、ガス会社の名前だけだった。

翌月、新しいガス会社の最初の検針票が届いた。冷蔵庫のマグネットに挟んで、数字を見た。

先月より、ずいぶん小さくなっていた。

孝子はその検針票を、しばらく手に持ったまま台所に立っていた。30年間、高いと思いながら一度も変えなかった。変えられることを知らなかった。知っていれば、もっと早く変えていた。30年分の差額を考えると、少しだけ悔しかった。でも、今変えられたことの方が、ずっと大きかった。

孝子は夫には何も言わなかった。ガス会社を変えたことも、料金が下がったことも。夫は気づいていないかもしれない。蛇口をひねればお湯が出る。それは前と何も変わらない。変わったのは、検針票の数字だけだった。

もしあなたも、プロパンガスの検針票を見て溜息をついたことがあるなら

プロパンガスは会社ごとに料金が違う。同じ地域で、同じ量を使っていても、月に数千円の差がつくことがある。でもそのことを知らないまま、家を建てたときのガス会社を、何十年も使い続けている人は多い。

変えることに手間はかからない。面倒な手続きは代行してもらえる。前のガス会社への連絡も、切り替え工事の手配も、自分でやることはほとんどない。蛇口をひねればお湯が出る。それは前と何も変わらない。変わるのは、検針票の数字だけ。

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翌朝、5時半。浴室からシャワーの音が聞こえてきた。いつもと同じ音だった。夫がお湯を浴びている。今日も元気に動き出した、という合図。

孝子は卵焼きをフライパンに流し込みながら、少し笑った。夫はシャワーをやめなかった。やめなくてよくなったことを、夫はまだ知らない。知らなくていい。蛇口をひねればお湯が出る。それだけで十分だった。

弁当箱に、卵焼きを詰めた。夫が好きな甘い卵焼き。味噌汁の鍋が、小さく湯気を上げていた。窓の外はまだ暗い。群馬の冬の朝は、いつも暗い。

シャワーの音が止まった。しばらくして、夫が台所に来た。「おはよう」と言って、椅子に座った。孝子は味噌汁をよそって、夫の前に置いた。夫は両手で椀を持って、ひと口すすった。「あったかいな」と、ぽつりと言った。

いつもと同じ朝だった。いつもと同じ朝が、これからも続く。それだけのことが、孝子にはうれしかった。