幸恵(ゆきえ)、53歳。福岡市在住。薬局のパート勤務。夫(55歳)と二人暮らし、子供二人は独立。14歳の柴犬「コタロウ」と暮らしている。
コタロウが、ごはんを残した。
器に顔を近づけて、匂いを嗅いで、数粒だけ食べて、離れていった。居間の自分の定位置に戻って、丸くなった。幸恵は台所からその後ろ姿を見ていた。14年間、一度もごはんを残したことがない犬だった。
コタロウが家に来たのは、子供たちが小学生の頃だった
幸恵が39歳のとき、長男が小学4年生、長女が小学2年生だった。長男が「犬を飼いたい」と言い出したのがきっかけだった。夫は最初反対していた。「世話できるのか」と。でも長男は毎日のように「お願い」と言い続けて、夫が根負けした。
ペットショップで出会ったのが、コタロウだった。柴犬の子犬。ケースの中で、他の子犬たちが寝ている隣で、一匹だけ目を開けて幸恵の方を見ていた。その目が、まっすぐだった。
名前は長女がつけた。「コタロウがいい」と言った。理由は聞かなかった。でもその名前は、すぐに家族全員の口になじんだ。
子供たちは最初の1年は熱心に散歩に連れて行ったが、2年目からは幸恵の仕事になった。朝と夕方、コタロウを連れて近所を歩いた。コタロウは幸恵の左側をぴったり歩く犬だった。他の犬に吠えることもなく、静かに、ただ幸恵の横を歩いた。
子供が巣立った後、コタロウだけが残った
長男は大学進学で東京に行った。長女は就職で大阪に行った。二人が家を出た後、居間が広くなった。テレビの音が大きく聞こえるようになった。食卓に並ぶ茶碗の数が減った。
コタロウだけが残った。
朝、幸恵が起きると、コタロウが寝室のドアの前に座っている。尻尾を一度だけ振る。「おはよう」と声をかけると、台所までついてくる。幸恵がコーヒーを入れている間、コタロウは自分の器の前に座って待っている。フードを入れると、カリカリと音を立てて食べる。その音が、朝の台所に響く。子供たちがいなくなった家で、コタロウの食べる音が、幸恵の朝の安心になっていた。
夕方の散歩も変わらなかった。コタロウは幸恵の左側をぴったり歩いた。歩くスピードが少し遅くなったのは、12歳を過ぎた頃からだった。幸恵も歩幅を合わせた。二人のペースが、ゆっくりと同じになっていった。
14歳のコタロウが、ごはんを食べなくなった
最初に気づいたのは、先月のことだった。夕飯のフードを入れたのに、コタロウが食べ終わるのにいつもの倍の時間がかかった。翌日は、三分の一ほど残した。その次の日は、半分残した。
幸恵は心配になって、動物病院に連れて行った。先生は「年齢的なものでしょう。内臓に異常はありません。ただ、消化機能が落ちてきているので、フードを見直してあげるのもいいかもしれません」と言った。
幸恵は帰り道、コタロウを抱えて歩きながら考えた。14年間、同じフードを食べさせてきた。子犬の頃から、ずっと同じもの。体重に合わせて量は変えてきたけれど、フードそのものを変えたことはなかった。
その夜、幸恵はコタロウの器の横に座って、食べるのを見守った。コタロウは器に顔を近づけて、匂いを嗅いで、三粒だけ食べて、幸恵の膝に頭を乗せた。幸恵はコタロウの頭を撫でながら、「食べてよ」と小さく言った。
「14年前のコタロウと今は違うだろ」
毎晩、幸恵はコタロウの横に座って見守った。少しでも食べると「えらいね」と声をかけた。でも食べる量は日ごとに減っていった。
ある夜、夫が居間に来て、コタロウの横に座る幸恵を見た。夫は黙ってしばらく二人を見ていた。それから、ぽつりと言った。
「フード、変えてみたら」
幸恵は「でも14年間ずっとこれだったから」と答えた。
夫は少し間を置いて、言った。
「14年前のコタロウと今のコタロウは、違うだろ」
幸恵は何も言えなかった。
夫の言う通りだった。14年前のコタロウは、器に顔を突っ込んで、あっという間に食べ終わる子犬だった。今のコタロウは、匂いを嗅いで、数粒ずつ食べて、疲れたように横になる14歳の老犬だった。身体が変わっているのに、同じものを食べさせ続けていた。そのことに、14年間一緒にいながら、幸恵は気づいていなかった。
コタロウに合うフードを、探し始めた
その夜、幸恵はスマホで「シニア犬 ドッグフード」と検索した。14歳の犬に合うフードがあるのか、調べたかった。
いくつものページを読んだ。シニア犬は消化機能が衰えてくること、若い頃と同じフードでは身体に合わなくなること、関節のケアや体重管理に配慮したフードがあること。知らなかった。14年間、フードのことを真剣に考えたことがなかった。
調べていくうちに、シニア犬専用に設計されたフードに辿り着いた。低カロリーで、関節をサポートする成分が入っていて、消化しやすいグレインフリー。穀物を使っていないから、消化機能が落ちた老犬でも負担が少ないと書いてあった。
幸恵は画面をスクロールしながら、コタロウの顔を思い浮かべた。器の前で困ったように座っているコタロウ。食べたいのに、食べられない。その姿を毎晩見てきた。
この子に合うごはんを、選び直してあげたい。14年間同じだったものを、今のコタロウに合うものに、変えてあげたい。
幸恵が見つけたのは、ここだった
※シニア犬専用設計・グレインフリー・無添加
新しいフードの朝
届いた段ボールを開けたのは、3日後の朝だった。パッケージからフードを取り出して、器に入れた。いつもの量より少し少なめにした。コタロウが器の前に来て、座った。匂いを嗅いだ。
幸恵は台所に立ったまま、息を止めて見ていた。
コタロウが、カリ、と一粒食べた。もう一粒。もう一粒。小さな音が、台所に響いた。久しぶりに聞く音だった。子供たちがいなくなった家で、朝の安心になっていた、あの音。
幸恵は台所に立ったまま、涙が出た。嬉しかったのではなかった。14年間一緒にいて、コタロウの身体が変わっていることに、もっと早く気づいてあげればよかった。その悔しさだった。
コタロウは器を空にした。完食したのは、何日ぶりだろう。食べ終わったコタロウが、幸恵の足元に来て、鼻先を膝に押し当てた。いつもの仕草だった。ごはんの後に、必ずこうする。「ごちそうさま」の代わりなのだと、幸恵は思っていた。
幸恵はしゃがんで、コタロウの頭を撫でた。「ごめんね、遅くなって」と、小さく言った。
もしあなたの犬も、ごはんを残すようになったなら
7歳を過ぎた犬は、少しずつ身体が変わっていく。若い頃と同じフードでは、消化の負担が大きくなることがある。食べる量が減ったり、残すようになったりしたとき、それは犬のわがままではなく、身体が「合わなくなった」というサインかもしれない。
シニア犬のために設計されたフードなら、消化のしやすさや関節のケア、カロリーの管理まで、年齢に合わせた配慮がされている。
今のごはんが合わなくなってきたと感じたら
※7歳以上の犬のために設計された総合栄養食
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翌朝もコタロウは、器の前に座って待っていた。幸恵がフードを入れると、カリカリと音を立てて食べ始めた。小さな音が、台所に響いた。
夫が起きてきて、その音を聞いた。「食べてるな」と言った。幸恵は「うん」と答えた。
コタロウが食べ終わって、幸恵の足元に来た。鼻先を膝に押し当てた。幸恵はしゃがんで、コタロウの耳の後ろを掻いた。コタロウは目を細めた。14歳の犬の、穏やかな朝だった。
窓の外から、福岡の朝の光が差し込んでいた。今日の散歩は、少しだけ遠回りしようと思った。コタロウの歩幅に合わせて、ゆっくりと。

