52歳、婚約していた彼と行くつもりで取った免許だった。あれから30年、一人で海へ向かった。

登場人物

聡子(さとこ)、52歳。宮城県仙台市在住。広告代理店のディレクター。独身。22歳で就職してから30年、仕事だけを走り続けてきた。30代の頃、婚約まで進んだ相手がいた。でも仕事を選び続けるうちに、関係が終わった。免許は23歳のときに取った。婚約していた彼とドライブに行くつもりで取った免許だった。結局、二人でどこかへ行くことはなかった。


免許証の写真が、また変わった。5年ごとの更新のたびに、顔だけが少しずつ変わっていく。23歳で取ったときの顔はもう何枚も前のことで、髪型も目元の感じも、あの頃とはすっかり違う。


でも有効期限の欄だけが律儀に5年分だけ進んでいき、今年の更新で聡子は「52歳」という数字と向き合った。この免許で、一度も車を運転したことがない。

「免許取ったら、海まで走ろう」と言われていた

23歳の春、聡子が自動車学校に通い始めたのは、婚約していた彼のひと言がきっかけだった。同い年の、口数が少なくて穏やかな男性で、付き合い始めた頃から「いつかドライブしたいな」と言っていた。

松島でも気仙沼でも、海ならどこでもいい。二人で潮の匂いの中を走りたい、ただそれだけのことだった。聡子は「じゃあ、取ってみようかな」と言って教習所に申し込み、梅雨が来る前に免許を手にした。

でも、免許を取った夏から、仕事が大きく動き始めた。入社3年目でいきなり大きな案件を任され、土日も関係なく働いた。彼との約束は「また今度」が続き、ドライブの話はいつの間にか出なくなった。

翌年の春、彼から別れを告げられた。理由を聞くまでもなかったが、それでも聡子は「なぜ」と聞いた。


彼は少しの間黙ってから、「聡子は仕事と結婚しているんだと思う」とだけ言った。


否定できなかった。


その言葉の重さを胸に受け止めながら、聡子は「そうかもしれない」と思った。

後悔しないように、ただ走り続けた30年


あの別れを後悔したことは、ないとは言い切れない。30代のある夜、仕事で大きな失敗をして、一人でマンションに帰ってきたとき、誰かに話を聞いてほしいと思ったことがある。

40代に入って、同期の女性が次々と産休に入るのを見送りながら、自分が選ばなかった道を想像したことも、確かにある。でも後悔というより、それは選択の重さだった。


あの頃の自分は、仕事を選んだ。その選択に、今でも間違いはなかったと思っている。

30代は夢中で走り、40代は後輩を育てながら自分もさらに高みへ向かった。ディレクターとして関わった仕事がメディアで取り上げられた夜、一人でビールを飲みながら「やってきてよかった」と思った。

ただ、50代に入ってからペースが少し落ちてきて、週末に仕事のメールが来なくなり、急ぎの電話が鳴らない静かな日曜が続くようになると、聡子の中で何かが変わり始めた。

財布の中で、免許証はずっとそこにあった。更新のたびに戻ってきて、使われないまま次の5年を待つ。その繰り返しが、もう6回以上続いている。

日曜の朝、松島が頭に浮かんだ

その日曜は、何も予定がなかった。洗濯機を回しながら窓の外を見ると、秋晴れの空が広がっていて、空気が澄んでいる感じがした。


コーヒーを淹れて、ソファに座って、どこかへ行きたいとぼんやり思った。

電車でどこかへ、ではなく、車で、というイメージが最初から頭の中にあった。そして気がついたら、松島のことを考えていた。仙台に20年以上住んでいるのに、最後にいつ行ったのか思い出せないくらい遠ざかっていた場所だった。

電車でも行ける。でも今日は車で行きたかった。窓を開けて、海沿いの道を、自分のペースで走りたかった。その気持ちがどこから来たのか、自分でもよくわからなかった。ただ、その感覚はコーヒーを飲み終わっても消えず、洗濯物を干し終わっても消えず、昼になっても残っていた。

「買う」より「借りる」という発想が、何かを動かした

車を持つことを、これまで真剣に考えたことがなかった。


駐車場代、任意保険、車検、自動車税。一人のために新車を購入する決断は、数字を並べるたびに重くなった。

でもその日の午後、スマホで「一人 車 持ち方」と検索するうちに、カーリースという言葉に行き当たった。仕事で何十年も数字と向き合ってきた目が、そのモデルを素直に合理的だと判断した。


月額を払えば新車に乗れて、車検も税金もメンテナンス費用も含まれていて、来店不要で自宅まで届けてくれる。軽自動車なら月額5,500円から、という数字が、聡子の中の何かを静かに動かした。

専任のアドバイザーとのやり取りはオンラインで完結した。一人で乗ること、海沿いの道を走りたいこと、駐車が不安だからコンパクトな車がいいこと、そう伝えると丁寧に候補を出してくれた。


30年間、仕事の提案書を読み続けてきた。でも自分のためだけの提案を受けたのは、初めてのことだった。

聡子が選んだのは、ここだった

※月額5,500円〜。来店不要・全国自宅配送

30年越しの、松島へ

新車が届いた日の午後、聡子はそのまま松島へ向かった。カーナビの落ち着いた声に従いながら、仙台市内の見慣れた景色の中をゆっくり走り出した。最初はハンドルを握る手がどこか固く、信号のたびに少し緊張した。

市街地を抜けて海沿いの国道に入ると、視界がぱっと開けた。左手に太平洋が広がって、秋の午後の光を受けた水面が銀色に光っていた。聡子は窓を少し開けた。冷たい海の空気と潮の匂いが、一度に車の中に入ってきた。

松島の駐車場に車を止めて、外に出ると、観光客の声と波の音が混ざり合っていた。家族連れが子どもの手を引きながら歩いていて、カップルが並んで海を眺めていて、グループの笑い声がどこかから聞こえてきた。

聡子はその人波から少し離れた場所にあるベンチを見つけて、腰を下ろした。目の前に、松島湾の穏やかな海が広がっていた。島がいくつも浮かんでいて、その輪郭が夕方に近づく光の中でやわらかく滲んでいた。

しばらく、ただそこに座っていた。

潮風が頬を撫でていき、海の匂いが鼻の奥に届いた瞬間、不意に彼の声が蘇った。「免許取ったら、海まで走ろう」。あの頃、彼はいつもそう言っていた。低くて穏やかな声だった。

あれから30年が経ち、二人でここへ来ることはなかった。でも今日、聡子は一人でここへ来た。自分の車で、自分のペースで、誰の予定にも合わせずに来た。

泣くつもりはなかった。でも目が熱くなって、海の輪郭がすこしだけぼやけた。後悔ではなかった。あの選択は間違っていなかったと今でも思っている。ただ、あの頃に見られなかったものを、30年越しに見ている。その事実が、静かに胸の中で揺れていた。波が打ち寄せて、返していく音だけが、繰り返し聞こえていた。

もしあなたも、行けなかった場所があるなら

誰かと行くはずだった場所が、一人で行く場所に変わっていたとしても、それでも行く価値がある。


仕事を優先して先送りにしてきたことが、ずっと胸のどこかにあるなら、50代の今が、そこへ向かうときかもしれない。


買う決断をしなくていい。月々の支払いで新車に乗れる時代になっていて、来店しなくていい、手続きもオンラインで終わる、自宅に届く。


あなたが行きたい場所は、まだそこにある。

行きたい場所が、あなたを待っている

※オリコオートリース3年連続販売実績No.1

帰り道、夕暮れの海沿いを走った。空がオレンジと紫の間の色に染まって、海もその色を映してゆっくり変わっていった。


カーナビは帰り道を淡々と案内していて、ラジオからは聞き覚えのない曲が流れていた。助手席は空いたままだった。でも、ハンドルを握る手は、もう硬くなかった。