智子(ともこ)、53歳。長崎県長崎市在住。食品メーカーの経理部。28年勤めた会社だが、3年前に部署統合で上司が変わってから、毎朝出勤するのが苦しくなった。辞めたいと思う。でも、53歳で独身。辞めた後の生活が見えない。辞めたいのに、辞められない。その板挟みが、もう3年になる。
朝、目覚ましが鳴る。
布団の中で、天井を見る。「今日も行くのか」と思う。毎朝、同じ言葉が頭に浮かぶ。3年前からずっと、朝が来るたびにそう思っている。
起き上がって、顔を洗って、化粧をして、家を出る。長崎の街は坂が多い。智子のマンションから駅までの道も、急な坂を一つ越えなければいけない。
25歳の頃は、この坂を何も考えずに登っていた。今は、一歩ごとに重い。足が重いのではない。体が重いのでもない。心が、重い。
28年間、同じ会社にいた
入社したのは25歳のときだった。地元の食品メーカー。経理部に配属されて、数字と向き合い続けて28年が過ぎた。決して華やかな仕事ではなかったけれど、毎月の決算をきちんと閉めて、税務申告を通して、監査を乗り越えて。その積み重ねが、智子の誇りだった。
後輩の指導もしたし、部署の異動で人が減ったときは一人で二人分の仕事をこなした時期もあった。「智子さんがいれば安心だ」と言われたことが、何度もあった。
その言葉が、嬉しかった。自分は必要とされている、という感覚が、28年間の支えだった。
3年前、上司が変わった日から
3年前の春、部署統合があった。新しい上司が来た。40代前半の男性で、前の部署では実績を上げていたらしい。赴任初日に、全員を集めてこう言った。「これまでのやり方は一度忘れてください」。
あからさまなパワハラではなかった。怒鳴ることもない。暴言もない。ただ、会議で智子が発言すると、途中で遮られるようになった。資料を出すと「それで?」と短く返されて、それ以上の対話が生まれなかった。提案したことが採用されることは、ほぼなくなった。
半年経った頃、智子は気づいた。自分が透明になっていく感覚だった。
そこにいるのに、いないかのように扱われる。28年間積み上げてきたものが、新しい上司の「それで?」という一言で、少しずつ削られていった。
辞めたい。でも、辞められない
「辞めたい」と最初に思ったのは、1年目の冬だった。金曜の夜、帰りの坂道を登りながら、「もう行きたくない」と口に出した。声にならないほど小さな声だった。周りには誰もいなかった。長崎の冬の風が、坂の下から吹き上げてきて、智子の声を攫っていった。
でも、辞められなかった。53歳で独身。頼れる人はいない。退職金は出る。でも、次の仕事が見つかるまで、それだけで何ヶ月持つのか。年金がもらえるまで、あと12年もある。辞めた翌月から収入がゼロになると思うと、足がすくんだ。
辞めたいのに辞められない。その板挟みが、じわじわと智子を削っていった。朝が来るのが怖くなった。日曜の夕方になると胸が詰まるようになった。でも月曜の朝になると、また坂を登っている。3年間、ずっとそうだった。
「辞めた後のお金」に、知らなかった選択肢があった
ある夜、布団の中でスマホを触っていた。眠れない夜は、大抵そうしている。「50代 退職 お金 不安」と検索した。
いくつかの記事を読むうちに、「退職給付金」という言葉に出会った。雇用保険の基本手当、傷病手当金。会社を辞めた後にもらえるお金が、退職金以外にもあるということを、智子は知らなかった。
さらに調べると、退職代行から給付金の申請、さらに転職支援まで一気通貫でサポートしてくれる会社があることを知った。頭金0円。完全後払い。給付金を受け取ってからの支払いだから、手元にお金がなくても始められる。LINEで匿名相談ができる。
「退職金だけじゃないんだ」
辞めた後の収入がゼロになるという恐怖は、知らないことから来ていた。給付金という選択肢を知っただけで、胸の中の何かが少しだけ緩んだ。智子は、LINEの相談フォームを開いた。
智子が見つけたのは、ここだった
※頭金0円・完全後払い。LINEで匿名相談可能
「辞めてもいいんですよ」と、初めて言われた
LINEで状況を伝えた。28年勤めた会社であること。上司が変わってから毎朝が苦しいこと。辞めたいのに辞められないこと。53歳で独身で、辞めた後の生活が不安であること。
担当者からの返信は、翌朝届いた。丁寧な言葉だった。智子の状況を整理した上で、雇用保険の給付金がどのくらい受け取れるか、傷病手当金の対象になる可能性があるかどうか、具体的な数字を示してくれた。
そしてこう書いてあった。
「智子さん、辞めてもいいんですよ」
28年間、誰にも言ってもらえなかった言葉だった。自分自身にも、許せなかった言葉だった。画面を見ながら、涙が出ていた。会社のデスクではなく、自分の部屋の布団の中で、スマホの小さな画面に映った一行を読んで、智子は泣いた。
もしあなたも、毎朝の坂道が重いなら
辞めたい。でも辞められない。辞めた後のお金が心配で、動けないまま月日だけが過ぎている。日曜の夕方になると胸が詰まり、月曜の朝になると、また同じ道を歩いている。
もしそんなあなたがいるなら、知っておいてほしい。退職金だけが、辞めた後のお金ではない。雇用保険の給付金や傷病手当金など、申請すれば受け取れる可能性のあるお金がある。その手続きを、退職代行から転職支援まで一気通貫でサポートしてくれるプロがいる。頭金0円、後払い。LINEで匿名で相談できる。
辞めることは、逃げではない。3年間耐え続けたあなたは、十分に頑張ってきた。
辞めた後の景色は、思ったより明るいかもしれない
※退職代行→給付金申請→転職支援まで一気通貫
長崎の街は、坂が多い。智子が毎朝登っていた坂は、今も変わらずそこにある。
でも今は、その坂を登る必要がなくなった。
退職の手続きが終わった翌朝、智子は目覚ましをかけずに目を覚ました。カーテンを開けると、長崎の港が朝の光の中で静かに光っていた。坂の途中から見える、いつもと同じ景色だった。でも、急いで登る必要がないその朝、同じ景色が少しだけ違って見えた。
53歳。坂の上にあったのは、会社だけではなかった。その先に、まだ知らない道が続いていた。

