52歳、ヨガに救われた。今度は教える側になりたい。でも、自信がなかった。

登場人物

千鶴(ちづる)、52歳。奈良県生駒市在住。夫と大学生の息子と3人暮らし。スーパーのパートで週4日働いている。45歳のとき更年期の不調がきっかけでヨガに出会い、47歳でRYT200を取得した。でも、人に教える自信がないまま5年が過ぎた。

朝の6時、リビングにヨガマットを敷いた。

カーテンの隙間から薄い光が入ってくる。まだ家族は起きていない。この時間だけが、千鶴の時間だった。息を吸って、吐いて、前屈する。指先が床につく。7年前、初めてヨガ教室に行ったとき、この指先は膝の下あたりで止まっていた。

45歳、体が鉛のように重かった朝

45歳の春から、朝起きるのが辛くなった。目覚ましが鳴っても体が動かない。鉛を引きずっているような重さが背中にあって、布団の中で10分間、天井を見ていた。肩が凝って、頭が痛くて、夜は寝つけなくて、昼間はぼんやりする。病院に行ったら「更年期ですね」と言われた。漢方を処方されたけれど、劇的には変わらなかった。

パート先の同僚に勧められて、近所のヨガ教室に行ってみたのは、その年の秋だった。公民館の和室で、先生が一人と、生徒が8人。畳の上にマットを敷いて、靴下を脱いで、見よう見まねで体を動かした。前屈をしたら、指先が膝の下あたりで止まった。隣の人は手のひらが床にぺたりとついていて、恥ずかしくて顔が熱くなった。

でも、教室が終わって外に出たとき、肩のあたりがほんの少しだけ軽かった。気のせいかもしれない。でもその「気のせい」が気になって、翌週も行った。その翌週も行った。気がつけば、毎週通っていた。

半年後、指先が床についた朝

半年通った頃、前屈で指先が床についた。先生が「千鶴さん、ついたよ」と言ってくれた。千鶴は自分の指先を見た。床に、触れている。たったそれだけのことなのに、目の奥が熱くなった。45歳から始めて、半年かかった。でも、届いた。

1年経った頃、朝の体の重さが消えていることに気づいた。目覚ましが鳴る前に目が覚めるようになった。肩の凝りも、頭痛も、以前ほどではなくなっていた。ヨガが効いているのか、時間が解決したのか、わからない。でも、朝起きて最初にすることがヨガマットを敷くことになっていた。リビングの窓から入る朝の光の中で、息を吸って、吐いて、体を伸ばす。その時間が、一日の始まりになっていた。

2年経った頃、ヨガのない日が物足りなくなった。教室は週1回だったから、残りの6日は自分で練習した。YouTubeで動画を見て、本を読んで、ポーズの名前を覚えた。なぜこのポーズが体にいいのか、もっと知りたくなった。

47歳、パートの休みの日にテキストを開いた

RYT200という資格があることを知ったのは、ヨガ教室の先生に聞いたからだった。全米ヨガアライアンスが認定するヨガインストラクターの資格。オンラインで取得できると知って、申し込んだ。47歳だった。

パートの休みの日に、リビングのテーブルでテキストを開いた。解剖学、ヨガ哲学、呼吸法、指導法。知らないことだらけだった。動画を見ながらノートにメモを取って、リビングでポーズを練習した。息子が学校から帰ってきて、リビングで逆転のポーズをしている母親を見て、「何やっとるの」と笑った。

半年かかって、RYT200を修了した。修了証がメールで届いた日、プリンターで印刷して、テーブルの上に置いた。夫が仕事から帰ってきて、テーブルの上の修了証を見た。「また何か始めたの」と笑った。でもその夜、仕事帰りにケーキを買ってきてくれた。箱を開けたら、いちごのショートケーキが二つ入っていた。「おめでとう」。夫はそれだけ言って、自分のケーキをフォークで切り始めた。

教えたいのに、教えられない5年間

RYT200を取ったら、すぐにインストラクターになれると思っていた。でも現実は違った。ヨガスタジオの求人に応募しても、「指導経験はありますか」と聞かれた。ない。資格を取っただけで、一度も人の前に立ったことがなかった。

公民館でヨガ教室を開いてみようかと思ったこともある。でも、生徒さんに「なぜこのポーズをするんですか」と聞かれたとき、自分の言葉で答えられる気がしなかった。テキストに書いてあることは読める。でも、それを自分の体と言葉で伝える力が、まだ足りないとわかっていた。

それから5年が過ぎた。ヨガは毎日続けている。朝の6時にマットを敷いて、一人で練習する。体は柔らかくなった。呼吸が深くなった。45歳のあの鉛のような朝は、もう来ない。ヨガに救われた。そのことは確かだった。

でも、このまま「自分のためだけ」で終わるのかと思うと、胸のどこかがざわついた。更年期で辛かったあの頃の自分みたいな人が、たくさんいる。朝起きるのが辛くて、肩が凝って、頭が痛くて、でも病院に行っても「更年期ですね」と言われるだけの人が。あの人たちに、ヨガを教えたい。でも、自信がない。5年間、その繰り返しだった。

「RYT500 オンライン」と検索した夜

ある夜、布団の中でスマホを開いた。「RYT500 オンライン」と打った。RYT200の上に、さらに300時間の学びを積み重ねる上級資格があることは知っていた。でも、費用もかかるし、時間もかかる。52歳から上級資格を取って、意味があるのか。そう思いながらも、画面をスクロールする指が止まらなかった。

あるスクールのページに、60歳の女性の受講体験が載っていた。「60歳還暦のチャレンジ。もう一度いちからヨガを学び直したい」。60歳で始めた人がいる。52歳の自分が遅いわけがない。

講座の内容を読んだ。録画講義で自分のペースで進められる。Zoomでのライブ授業もある。LINEで質問もできる。パートの休みの日に少しずつ進めれば、半年から1年で修了できる。RYT200のときと同じだ。あのときもパートの合間にテキストを開いて、リビングで練習して、半年で取った。

でも今回は、200時間の基礎の上に300時間を積み重ねる。解剖学を深く学ぶ。「なぜこのポーズが体を楽にするのか」を、根拠を持って説明できるようになる。5年間足りなかったものが、ここにあるかもしれない。

千鶴が見つけたのは、ここだった

※オンライン説明会は無料。自分のペースで学べる録画講義

画面の向こうで、同じ悩みを持つ人がいた

説明会に参加した。オンラインで、画面の向こうにスタッフの顔が映った。「RYT200は取ったんですけど、教える自信がなくて」と正直に言った。スタッフは「そういう方、多いですよ」と笑った。RYT200で基礎を学んで、でも実際に教える段階で壁にぶつかる人が、たくさんいるのだと。RYT500は、その壁を越えるための学びなのだと。

受講を決めた。夫に「また勉強するわ」と言ったら、「ふうん」と新聞を読みながら答えた。相変わらずだった。でも、千鶴にはわかっていた。この人は、修了証が届いた日にまたケーキを買ってきてくれる。

パートの休みの日に、リビングのテーブルでまたテキストを開いた。5年前と同じ景色だった。でも、テキストの内容が違った。解剖学が深くなっていた。筋肉の名前、関節の動き、呼吸と自律神経の関係。前屈で指先が床につくとき、体の中で何が起きているのか。ハムストリングスが伸びて、骨盤が前傾して、背中の筋肉が緩む。それを、自分の言葉で説明できるようになっていく感覚があった。

Zoomの授業で、講師に質問した。「更年期の不調がある方にヨガを教えるとき、気をつけることはありますか」。講師は丁寧に答えてくれた。自律神経に働きかけるポーズの選び方、呼吸法の組み立て方、無理をさせないための声かけ。45歳の自分が知りたかったことが、全部ここにあった。

もしあなたも、教えたい気持ちを抱えたままなら

ヨガに救われた。だから教えたい。でも、自信がない。RYT200を取ったけれど、その先に進めないでいる。もしそんなあなたがいるなら、その気持ちはもう十分に温まっている。あとは、それを形にするための学びが、あるかどうかだけ。

教えたい気持ちは、もう十分に温まっている

※20代〜60代まで幅広い受講生。RYT200修了者が対象

10ヶ月かかった。パートの合間に、朝のヨガのあとに、夜の台所仕事が終わったあとに、少しずつ進めた。課題を提出して、テストを受けて、修了証が届いた。プリンターで印刷して、テーブルの上に置いた。5年前と同じように。

夫が仕事から帰ってきた。テーブルの上の修了証を見て、「また取ったの」と笑った。その夜、仕事帰りにケーキを買ってきてくれた。箱を開けたら、いちごのショートケーキが二つ。5年前とまったく同じだった。「おめでとう」。夫はそれだけ言って、フォークを手に取った。

千鶴はケーキを食べながら、来月のことを考えていた。生駒市の公民館に、ヨガ教室の開催を申し込んでいた。対象は、更年期の不調を感じている女性。定員8人。畳の上にマットを敷いて、靴下を脱いで、前屈から始める。

指先が床に届かなくても、大丈夫。半年通えば届くようになる。千鶴は、それを自分の体で知っている。そして今は、なぜ届くようになるのかを、自分の言葉で説明できる。

52歳。教える側に立つ準備が、ようやくできた。リビングのテーブルに、いちごのショートケーキの箱と、二枚目の修了証が並んでいる。朝になったら、またマットを敷こう。今度は、一人のためではなく。