53歳、毎朝5時半にヨガマットを敷く。それを誰にも言わなかった。

登場人物

さゆり、53歳。名古屋市在住。広告代理店の営業部長。バツ2の独身。一人娘の美月(24歳)は東京で一人暮らし。40歳からヨガを独学で13年。

朝5時半。アラームが鳴る前に目が覚める。もう13年、この時間に身体が起きる。

リビングのカーペットの上にヨガマットを敷く。カーテンを開ける。まだ薄暗い空が、東の端から少しずつ白くなっていく。その光の中で、さゆりは目を閉じて、息を吸った。

15分。毎朝の15分だけ、さゆりは営業部長ではない。離婚した女でもない。ただ呼吸している一人の人間に戻る。

6時15分にマットを畳んで、シャワーを浴びて、スーツを着る。7時に家を出る。駅までの10分間で、もう今日の会議の段取りを頭の中で組んでいる。

30年間、走り続けた

さゆりは23歳で広告代理店に入社した。同期の中で一番早く営業成績を出した。負けず嫌いだった。数字を追うことが好きだった。クライアントの前でプレゼンをするとき、声が通ると言われた。会議室で声を張ると、みんなが顔を上げた。その声で、30年間走ってきた。今は営業部の部長で、20人の部下がいる。

25歳で結婚した。28歳で離婚した。仕事を優先する自分と、家にいてほしい夫。折り合えなかった。29歳で美月が生まれた。一人で育てた。保育園の送り迎えと、営業先への直行直帰を組み合わせて、毎日をやりくりした。

35歳で再婚した。今度はうまくいくと思った。40歳で離婚した。理由は、一度目と同じだった。さゆりは仕事をやめなかった。やめられなかった。仕事を手放したら、自分が誰なのかわからなくなる気がした。

画面の中の声が「そのまま受け入れてください」と言った

2度目の離婚のあと、眠れない夜が続いた。美月は11歳で、隣の部屋で寝ていた。起こしたくなかった。リビングのソファに座って、スマホを開いた。テレビの時計が午前2時を指していた。窓の外は真っ暗だった。何を見るでもなく画面をスクロールしていたら、ヨガの動画が目に止まった。

講師の女性がゆっくり呼吸していた。静かな声で「今の自分を、そのまま受け入れてください」と言った。

さゆりは画面の前で泣いた。声を殺して泣いた。30年間、自分を受け入れたことがなかった。もっと頑張れ、もっと結果を出せ、もっと強くなれ。ずっとそうやって走ってきた。「そのままでいい」と言われたのは、初めてだった。

次の朝、5時半に起きた。リビングにバスタオルを敷いて、昨夜の動画を見ながら、見よう見まねでポーズをとった。身体は硬かった。前屈で指先が床に届かなかった。膝の裏が突っ張って、背中が丸くなった。でも、15分後に目を開けたとき、胸の奥が少しだけ軽くなっていた。窓の外が白くなっていた。昨夜の暗さが、嘘のようだった。

それから13年、毎朝欠かさず続けている。バスタオルはヨガマットに変わった。指先は床に届くようになった。前屈で掌が床につく。あの頃の自分が見たら驚くだろう。でも、このことを誰にも言っていない。会社の誰も知らない。部下の前では声を張り、取引先の前では笑顔を作り、会議では数字を読み上げる。朝のリビングで目を閉じて呼吸している自分を、誰にも見せたことがなかった。

美月は知っていた

ある日の夜、美月から電話があった。日曜日だった。仕事の話をして、最近行った店の話をして、美月が飼い始めた観葉植物の話をした。さゆりは台所で食器を洗いながら聞いていた。話が途切れたとき、美月がふいに聞いた。

「お母さん、朝何してるの?」

さゆりは少し驚いた。「何もしてないよ」と答えた。

美月は「嘘。毎朝5時半に起きてるでしょ」と言った。さゆりは水を止めた。美月が続けた。「去年の正月に帰ったとき、朝6時にトイレに起きたら、リビングにヨガマットが敷いてあった。お母さんが台所でコーヒーを淹れてて、マットがまだ出しっぱなしだった。私が起きてきたの気づいて、慌てて畳んでたでしょ」

さゆりは何も言えなかった。美月はあのとき何も聞かなかった。マットを見て、何も言わなかった。

「お母さん、ヨガ好きなんでしょ。ちゃんとやったらいいのに」

さゆりは受話器を握ったまま、窓の外を見た。夜の名古屋の灯りが遠くに光っていた。

ヨガ 資格 50代——自分のための3日間

美月の言葉が、ずっと残っていた。「ちゃんとやったらいいのに」。ちゃんとやる、とはどういうことだろう。

さゆりは独学だった。動画を見て、本を読んで、自分なりにやってきた。でも、正しくできているのかわからない。誰かに教えてもらったことがない。ポーズの名前は知っている。呼吸法も知っている。でも、「教える」ということは考えたことがなかった。

ある夜、スマホで「ヨガ 資格 50代」と検索した。50代から資格を取れるのか。そもそも自分が今さら何かの資格を取ることに意味があるのか。半信半疑だった。

いくつかのページを見ていくうちに、京都の世界遺産のお寺で2泊3日のヨガ合宿があることを知った。全米ヨガアライアンス認定の資格が取れる。年齢不問、初心者からでも受けられる。事前に動画で学んで、合宿で実技を集中的にやる。少人数制で、女性専用。

さゆりは画面をスクロールしながら、胸の奥が熱くなった。仕事でもない。結婚でもない。自分のためだけの3日間。53年間生きてきて、そんな時間を取ったことがなかった。

さゆりが辿り着いたのは、ここだった

※世界遺産・仁和寺で2泊3日・年齢不問・初心者OK

もしあなたも、自分のための一歩を踏み出したいなら

50代になると、仕事も家庭も一通りのことを経験している。でも「自分のために何かをする」時間は、後回しにしてきた人が多いのではないだろうか。

ヨガの資格は、インストラクターになるためだけのものではない。自分の身体と呼吸を、体系的に学び直す機会でもある。京都のお寺での2泊3日は、日常から離れて、自分と向き合う時間になる。

自分のための3日間を、ここで

※1対1の個別説明会・当日予約OK

さゆりはスマホを閉じて、リビングの隅に立てかけてあるヨガマットを見た。13年間、毎朝広げて、毎朝畳んできたマット。端が少し擦り切れている。

明日の朝も5時半に起きるだろう。カーテンを開けて、マットを敷いて、目を閉じて、息を吸うだろう。でも次にこのマットを広げるとき、少しだけ違う気持ちかもしれない。

13年前、画面の中の声が言った。「今の自分を、そのまま受け入れてください」。あのとき泣いた自分を、さゆりは恥ずかしいとは思わない。あの涙が、毎朝のマットに繋がった。マットが、今夜の検索に繋がった。

さゆりは立ち上がって、明日の朝のためにマットを居間の真ん中に敷いた。いつもは畳んでから寝る。でも今夜は、敷いたまま寝ることにした。