仕事・キャリア– category –
転職・定年準備・職場の人間関係・副業
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仕事・キャリア
55歳、ショールームが閉まった日。母のクリーニング店の蒸気の匂いを、ふいに思い出した。
55歳、住宅メーカーのショールームが閉鎖になった。20年間、毎朝一番に来てモデルキッチンを磨いていた。退職した朝、行く場所がなくなった。ある日、アイロンの蒸気の匂いで、母のクリーニング店を思い出した。「きれいにして返すと、みんな笑顔になるのよ」。あの言葉を、今度は自分の仕事にする。 -
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52歳、父から引き継いだユンボを手放す日。小物入れの中に、父のログブックがあった。
52歳、27年間乗り続けた父のユンボを手放す日。査定業者を待ちながら小物入れを整理していたら、父の古いダイビングログブックが出てきた。最後のページに父の字で「またいつか二人で」と書いてあった。次のページから先は、全部白紙だった。 -
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55歳、倉庫で荷物を積んでいた。軽バンで出ていくドライバーの背中を見て、「あっち側に行きたい」と思った。
55歳、物流倉庫で30年。年下の上司に「勝さんの時代とは違います」と言われるたびに、居場所が狭くなっていった。ある日、倉庫に来た軽貨物ドライバーが「じゃ、行ってきます」と笑って出ていった。その背中を見て、初めて思った。「あっち側に行きたい」。 -
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50歳になった朝、鏡の前で立ち止まった。「このまま、でいいのかな」
今朝、50歳になった。鏡に映った自分は昨日と何も変わっていない。でも、50歳だと思うと足が止まった。25年間、市役所の窓口に座ってきた。このまま定年を迎えるのか。何か新しいことを始めたい。40代から続けてきたストレッチを、誰かに教えたいと思った。 -
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56歳、早期退職して小樽にガラス工房を開いた。作品には自信がある。でも、客が来ない。
53歳で早期退職して、小樽にガラス工房を開いた。日本海の深い青をガラスに閉じ込める腕には自信がある。来てくれた客は「きれい」と言ってくれる。でも、そもそも来る人が少ない。検索しても出てこない。ホームページがない工房は、ないのと同じだった。 -
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53歳、毎朝「今日も行くのか」と思いながら、坂道を登っている。辞めたいのに、辞められない。
53歳、28年勤めた会社。3年前に上司が変わってから、毎朝が苦しくなった。辞めたい。でも53歳で独身、辞めた後の生活が見えない。退職金だけでは持たない。辞めたいのに辞められない。その板挟みが、もう3年になる。 -
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56歳、居酒屋の大将。松さんが25年間、同じ席に座り続けた理由を、知らなかった。
56歳、居酒屋の大将。25年間、毎週同じ席に座り続けた松さん。ある秋の夜、ぽつりと言った。「FC東京の試合、ここで見られたらよかったなあ。今日、息子の命日でね」。その言葉が、豊の手を止めた。 -
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56歳、印刷工場で33年間機械を磨いてきた。妻が黙ってパートを週5日に増やしていたことを、半年後に知った。
56歳、印刷工場で33年間機械を磨いてきた。来年の役職定年で給料が3割減る。ある日曜日、台所の換気扇を3時間かけてピカピカに磨いた。妻のカレンダーを見た夜、パートが週3日から週5日に変わっていた。半年前から。妻は黙って、義弘の給料が減る分を補っていた。 -
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55歳、28年間で何百枚もの婚姻届を受け取った。来年定年。今度は「届ける側」の仕事がしたい。
55歳の恵子は、市役所の窓口で28年間働いてきた。婚姻届を受け取るたびに「おめでとうございます」と声をかけるのが、一番好きな瞬間だった。来年3月に定年退職する。あの「おめでとう」が言えなくなる。でもある夜、テレビで見た結婚相談所の仕事が、恵子の胸を動かした。 -
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52歳、介護職28年。利用者の「ありがとう」が支えだった。でも、もう限界だった。円満退職を選んだ夜。
52歳の敬子は、24歳から同じ介護施設で28年間働いてきた。利用者の「ありがとう」が支えだった。でも3年前から空気が変わり、心が限界に近づいた。辞めたい。でも、自分の口から「辞めます」と言えない。28年間揉めずにやってきた人は、最後まで揉めずに辞めたかった。
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